南アメリカの歴史

入植者たちはどのように抗議したのか?アメリカ独立革命につながった主な出来事

植民地の人々によるイギリスへの抗議運動

18世紀後半の北米植民地では、イギリス本国の一方的な課税や統制に反発する動きが次々と起こりました。ここでは、アメリカ独立革命へとつながった代表的な抗議の出来事を時系列で紹介します。


ボストン虐殺事件(1770年)

1770年、ボストンでイギリス兵が市民の集団に向けて発砲し、5人が死亡しました。「ボストン虐殺事件」として知られるこの悲劇は、植民地側の宣伝材料にもなり、入植者とイギリス政府との対立を一層深刻なものにしました。


印紙法(1765年)

1765年、イギリス議会は新聞や法律文書などあらゆる紙類に税金を課す「印紙法」を可決しました。この直接税は植民地で強い反発を招き、「代表なくして課税なし」という有名なスローガンのもと、全土で大規模な抗議運動が展開されました。


タウンゼンド諸法(1767年)

1767年に成立したタウンゼンド諸法は、植民地に輸入されるガラス、鉛、ペンキ、茶などの物品に新たな税を課すものでした。これに対しても不買運動や抗議行動が各地に広がり、植民地同士の結束を高める一因となりました。


ボストン茶会事件(1773年)

1773年、イギリス東インド会社に茶の販売独占権を与える「茶法」に反対したボストンの入植者たちは、港に停泊していた船から342箱もの茶を海へ投げ込みました。この大胆な抗議行動は「ボストン茶会事件」と呼ばれ、独立運動の象徴的な出来事となりました。


耐え難き諸法(1774年)

ボストン茶会事件への報復として、イギリス議会は1774年に一連の懲罰立法、いわゆる「耐え難き諸法」を可決しました。これにはボストン港を封鎖する「ボストン港法」や、マサチューセッツの自治憲章を停止する「マサチューセッツ統治法」などが含まれ、植民地人の怒りをさらに煽ることとなりました。


独立宣言(1776年)

一連の弾圧を受け、植民地の代表者たちはついに独立への道を選びます。1776年、大陸会議は「独立宣言」を採択し、北米13植民地がグレートブリテン(イギリス)からの独立を正式に宣言しました。


これらの抗議と抵抗の歴史は、アメリカ合衆国建国の基盤となった重要な出来事です。