南アメリカの歴史

ドレッド・スコットはなぜ自由を主張できたのか?「一度自由になったら永遠に自由」の原則

ドレッド・スコット(Dred Scott)は、ルイジアナ準州に入ることによって自由民になったと主張したわけではありません。これはよくある誤解です。実際には、彼は自身の自由を求めた訴訟において、主人とともに自由州・自由準州、すなわちイリノイ州およびウィスコンシン準州に一定期間居住していたことを理由として、自分は自由であるべきだと主張しました。

主張の根拠となった「一度自由になったら、永遠に自由」という原則

スコットの主張を支えていたのは、「once free, always free(一度自由になったら、永遠に自由)」と呼ばれる法原則です。この原則によれば、奴隷として生まれた人物であっても、自由州または自由準州に居住した期間がある場合、その後再び奴隷状態へ戻されることは認められない、とされていました。

当時のアメリカ北部の複数の州では、この原則が法的な慣行として受け入れられており、スコットもこれを根拠に自由を求めて裁判を起こしたのです。

裁判の結果と歴史的意義

しかし、スコットの訴訟は最終的に敗訴に終わりました。1857年の連邦最高裁判決(ドレッド・スコット判決)では、アフリカ系の人々は市民権を持たないとされ、彼の自由は認められませんでした。この判決は奴隷制をめぐる南北対立をさらに激化させ、南北戦争へと至る重要な転換点の一つとなったことで知られています。