南アメリカの歴史

冷戦中に米軍が二度介入した国はどこ?——その答えは「レバノン」

冷戦期に米軍が二度介入した国は「レバノン」

冷戦時代、アメリカは中東の小国レバノンに対して二度の軍事介入を行いました。それぞれの時代背景と経緯を詳しく見ていきましょう。

第一次介入:1958年のレバノン危機

1958年、レバノン国内では親西洋派のカミーユ・シャモン大統領政権と、シリアおよびエジプトからの支援を受ける左翼勢力との対立が深刻化していました。

シャモン政権からの要請を受けたアメリカは、約14,000人の兵力をレバノンへ派遣します。これは当時のアイゼンハワー・ドクトリンに基づく行動であり、レバノンが共産主義陣営の影響下に置かれることを防ぐことが主な目的でした。

この介入は比較的平穏に進み、国内の政治的安定がある程度回復した後、米軍は1959年に撤退しました。

第二次介入:1982年のレバノン内戦

1982年、イスラエルがレバノンに侵攻すると、アメリカはPLO(パレスチナ解放機構)戦闘員のベイルートからの撤退を支援するため、再び介入することになりました。

米海兵隊数百人が多国籍平和維持軍の一員としてベイルートに展開しましたが、この任務は極めて危険なものでした。1983年10月には、ベイルートの米軍兵舎が自爆テロ攻撃を受け、241人の海兵隊員が命を落とすという悲劇が発生しました。

治安情勢の悪化を受け、アメリカは1984年に部隊を完全撤退させることとなりました。

まとめ

冷戦期に米軍が二度介入した国はレバノンです。1958年の介入は共産主義勢力の拡大阻止という冷戦的な論理に基づくものでしたが、1982年の介入は中東紛争への直接関与となり、多くの犠牲を払う結果に終わりました。同じ国への二度の介入でありながら、目的も帰結も大きく異なる点が注目されます。