南アメリカの歴史

パンチョ・ヴィラの同盟者は誰だった?メキシコ革命を共に戦った仲間たち

パンチョ・ヴィラ(Pancho Villa)は、メキシコ革命(1910年〜1920年)を代表する革命指導者の一人です。「北部師団(División del Norte)」を率いて数々の戦いで名を馳せましたが、その成功は単独で成し遂げられたものではありません。優れた同志たちの支えがあってこそでした。この記事では、ヴィラと共に戦った主要な同盟者たちを、よくある誤解とあわせて詳しく解説します。

エミリアーノ・サパタ(Emiliano Zapata)

サパタは南部メキシコを拠点に活動した革命指導者で、「土地と自由」を掲げて農民のために戦いました。彼が率いる「解放軍(南軍)」は、当時メキシコで最も強力な革命軍の一つでした。1914年のアグアスカリエンテス会議の後、ヴィラとサパタは同盟を結び、一時は首都メキシコシティへ共同で入城しています。両者は農地改革という共通の理念を持っていましたが、性格や戦略の違いから、完全な協力関係には至らなかったとも言われています。

フェリペ・アンヘレス(Felipe Ángeles)

アンヘレスは元連邦軍の砲兵将校で、ヴィラの参謀長として仕えました。卓越した戦術家・戦略家であり、1914年のザカテカス攻防戦など、ヴィラの重要な勝利の多くに貢献しました。知識人肌の将軍として知られ、粗野な面のあったヴィラを補う存在だったと伝えられます。しかし1919年に政府軍に捕らえられ、処刑されました。

ロドルフォ・フィエロ(Rodolfo Fierro)

フィエロはヴィラの最も忠実な部下の一人で、「屠殺人(El Carnicero)」の異名を持つ冷酷な将校でした。元鉄道員で、危険な特殊任務や過激な作戦を担当しました。その残虐性は有名ですが、ヴィラへの忠誠心は絶大でした。1920年に列車事故(渡河中の事故とも)で亡くなったとされています。

トマス・ウルビナ(Tomás Urbina)

ウルビナはヴィラの古くからの同志で、北部師団の重要な指揮官の一人でした。金鉱労働者としての経歴を持ち、ヴィラと共に数々の戦いに参加しました。晩年にはヴィラとの対立も伝えられますが、長きにわたりヴィラ軍の中核を担い続けました。

「ドロテオ・アランゴ」は同盟者ではない?

ここで注意したいのが、ドロテオ・アランゴ(Doroteo Arango)という人物です。実はこの名前こそ、パンチョ・ヴィラ自身の本名です。ヴィラは1878年にドゥランゴ州で「ドロテオ・アランゴ」として生まれ、後に「フランシスコ・ヴィラ」という名を使うようになりました。つまりアランゴはヴィラの同盟者ではなくヴィラ本人であり、同盟者のリストに含めるのは誤りです。

オブレゴンとカジェスは本当に同盟者だったのか

よく見られる誤解として、アルバロ・オブレゴン(Álvaro Obregón)とプルタルコ・エリアス・カジェス(Plutarco Elías Calles)がヴィラの同盟者だったという記述がありますが、これは正確ではありません。両者はソノラ州出身の将軍で、カルランサ政権のもとでヴィラと戦った敵対者でした。特にオブレゴンは1915年のセラヤの戦いでヴィラ軍を決定的に打ち破っています。ただし、1920年にヴィラが政府と和解し、チワワ州カヌティージョの農園へ隠棲した後は、オブレゴン政権をある程度容認する姿勢を見せました。なお、1923年にヴィラが暗殺された際には、政権側との関わりが疑われています。

まとめ

パンチョ・ヴィラの真の同盟者は、南のサパタ、参謀長アンヘレス、そしてフィエロやウルビナといった忠実な部下たちでした。一方、オブレゴンやカジェスは革命の過程で敵対した相手であり、後の政治的和解とは区別して理解することが大切です。こうした人間関係を正しく把握することで、メキシコ革命の複雑な力学がより鮮明に見えてきます。