南北戦争最大の激戦として知られるゲティスバーグの戦い(1863年7月1日~3日)について語られる際、「バージニア軍」という呼び方が使われることがあります。しかし、歴史的事実として「バージニア軍」という名称の部隊は存在しませんでした。ここでは、その正しい部隊名と、ゲティスバーグにおける役割について解説します。
正しくは「北バージニア軍(Army of Northern Virginia)」
ゲティスバーグで南軍(アメリカ連合国軍)の主力として戦ったのは、北バージニア軍です。この軍はロバート・E・リー将軍が指揮を執り、兵士の多くがバージニア州出身者で構成されていたため、「バージニア軍」と通称されることがあります。しかし、正式な部隊名はあくまで「北バージニア軍」であり、これが南軍の中核を担う最有力部隊でした。
北バージニア軍の概要
- 指揮官:ロバート・E・リー将軍
- 編成:第一軍団(ロングストリート)、第二軍団(イーウェル)、第三軍団(A・P・ヒル)の3個歩兵軍団と、J・E・B・スチュアート率いる騎兵師団
- 兵力:約7万5,000人
- 構成:バージニア州を中心に、ノースカロライナやジョージアなど南部諸州の兵士で編成
ゲティスバーグの戦いにおける北バージニア軍
1863年6月、リー将軍は北バージニア軍を率いてペンシルベニア州への北上作戦を開始しました。7月1日から3日にかけて、ミード将軍指揮下の北揮下の北軍ポトマック軍と激突します。特に3日目に行われた「ピケットの突撃」は有名ですが、南軍にとって壊滅的な損害となり、この敗北は南北戦争全体の転換点となりました。
まとめ:勝機はあったのか
「バージニア軍はゲティスバーグで北軍を破るチャンスがあったか」という問いの前提として、まず正しい部隊名は「北バージニア軍」である点を押さえておく必要があります。同軍には開戦初日に有利な地形を占めるなど北軍を撃破する可能性もありましたが、偵察不足や指揮系統の混乱、地形判断の誤りなどが重なり、最終的に勝利をつかむことはできませんでした。