南アメリカの歴史

米大統領・副大統領選挙の当初の仕組みが最初に問題になったのはいつ?

アメリカ合衆国憲法第2条第1節第2項に定められていた大統領および副大統領選挙の当初の仕組みが、最初に深刻な問題として浮上したのは、1800年の大統領選挙でした。

1800年選挙で何が起きたのか

この選挙では、民主共和党に所属するトーマス・ジェファーソンとアーロン・バーの両候補が、まったく同じ数の選挙人票を獲得しました。

当初の制度では、得票数上位3名の中から下院(合衆国下院)が大統領を選出することになっていました。しかし、下院は36回もの投票を重ねても決着をつけることができず、国家は憲法上の危機に陥りました。

憲法修正第12条による解決

この混乱を受けて、最終的に憲法修正第12条(1804年批准)が制定されました。同修正条項は、大統領と副大統領を別々の候補として明確に区別し、それぞれ独立して選出する手続きへと変更するものでした。

結果として、ジェファーソンが第3代大統領に就任し、バーは副大統領となりましたが、この騒動は当初の選挙制度が持つ欠陥を露呈させ、アメリカの選挙制度史における重要な転換点となりました。