南アメリカの歴史

朝鮮戦争で北朝争で北朝鮮は韓国をどこまで占領したのか?進撃の限界点を解説

朝鮮戦争の開戦:北朝鮮による奇襲侵攻

朝鮮戦争は1950年6月25日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が38度線を越えて韓国(大韓民国)に侵攻したことで始まりました。この奇襲攻撃に対して韓国軍は十分な備えがなく、北朝鮮軍は開戦からわずか3日で首都ソウルを陥落させるなど、驚異的なスピードで南進を続けました。

北朝鮮軍の進撃:どこまで到達したのか

北朝鮮軍は開戦後わずか数週間で韓国領土の大部分を支配下に置きました。その進撃の限界点となったのが、半島南東端に位置する港湾都市・釜山(プサン)周辺です。韓国軍とアメリカ軍は釜山北方のごく狭い地域——いわゆる「釜山橋頭堡(ペリメーター)」——に追い詰められ、ここで必死の防衛戦を展開しました。

つまり、北朝鮮は韓国の国土のおよそ9割を一時的に占領するところまで攻撃を進めたものの、最後の一歩である全土制圧には至らなかったのです。

国連軍の介入と戦線の大逆転

この危機的状況を受け、アメリカを中心とする国連軍が韓国側に立って参戦しました。1950年9月、マッカーサー元帥率いる国連軍は中西部の港・仁川(インチョン)に上陸する大胆な作戦(仁川上陸作戦)を決行し、補給線を分断された北朝鮮軍を大きく押し戻すことに成功します。

さらに同年10月以降、中国が中国人民志願軍を派遣して北朝鮮側に加わったことで、戦況は再び揺れ動き、戦線は38度線付近で何度も行き来することになりました。

膠着状態での休戦:全土占領は実現せず

その後、両陣営とも決定的な勝利を掴めないまま、激しい消耗戦が続きました。最終的に1953年7月27日、板門店で休戦協定が調印され、戦争は事実上の膠着状態(スタレメイト)のまま終結しました。

結論として、北朝鮮は韓国の大部分を一時的に占領し、釜山近郊まで進撃したものの、韓国全土を完全に征服することはできませんでした。この戦争は現在も休戦状態が続き、朝鮮半島の分断という結果を残しています。