ウェントワース・チェスウェル(Wentworth Cheswell、1746年〜1817年)は、アメリカ独立戦争において愛国者(パトリオット)として活躍した人物です。イギリス王政への忠誠を続けたロイヤリスト(親英派)とは対照的に、チェスウェルはアメリカ植民地の独立を支持し、革命の側に立って活動しました。
アメリカ初の黒人公選職員
チェスウェルはニューハンプシャー州ニューマーケット出身の混血(アフリカ系とヨーロッパ系の血を引く)男性で、アメリカ史上初めて公職に選出されたアフリカ系アメリカ人と広く認められています。ボストンで教育を受けた後、故郷に戻り、町の書記、検察官、治安判事など数多くの公職を歴任しました。
独立戦争での具体的な活躍
1774年末から1775年初頭にかけて、イギリス軍の動きが差し迫った際、チェスウェルはポール・リビアと同様の「夜間の騎馬伝令」を行い、イギリス軍接近の知らせを各地に伝えたとされています。また、1776年には植民地の独立支持を誓う「アソシエーション・テスト(Association Test)」に署名し、さらに1777年にはサラトガの戦いに従軍してイギリス軍と戦いました。
戦後の功績と評価
独立戦争後もチェスウェルは地域社会への貢献を続け、学校委員や教会の役員などを務めました。彼の生涯は、アメリカ建国期において黒人が果たした重要な役割を示す例として、今日でも高く評価されています。