アメリカ合衆国におけるインディアン居留地(保留地)の設立は、数世紀にわたる一連の法律、条約、大統領令を通じて行われてきました。ここでは、居留地がどのように確立されてきたのか、その歴史的な流れを時系列でわかりやすく解説します。
1. コロンブス到来以前の時代
ヨーロッパ人が到達する以前、ネイティブ・アメリカンの諸部族はそれぞれ固有の領域と土地の利用形態を持っていました。これらの土地は河川や山脈といった自然の境界によって区画されることが多く、各部族にとって代々受け継がれてきた祖先の故郷とみなされていました。
2. 植民地時代
ヨーロッパからの入植者が北米に定住を始めると、ネイティブ・アメリカンの部族との間で土地の所有権や資源をめぐる紛争が頻発しました。一部の植民地は部族と条約を締結して共存を図りましたが、他方では軍事力によって土地を奪うケースも少なくありませんでした。
3. 1790年 インディアン通商・交流法
この法律により、ネイティブ・アメリカンの部族との交易や関係を規制する権限が連邦政府に与えられました。部族は主権国家として認められ、部族の土地における紛争や無許可の入植を防ぐことが目指されました。
4. 1830年 インディアン移住法
この法律は、連邦政府が部族と条約を交渉し、米国東部の土地と引き換えに西部の土地を与えることを認めました。いわゆる「インディアン移住」と呼ばれるこの過程で、何千人ものネイティブ・アメリカンがインディアン準州(現在のオクラホマ州)への強制移住を余儀なくされました。
5. 1862年 自営農地法(ホームステッド法)
この法律は、土地の改良と占有に同意する開拓者に公有地を無償で提供することで、西部への拡張を促進しました。その結果、ネイティブ・アメリカンの土地への侵害がさらに進み、部族との紛争が激化していきました。
6. 1887年 一般土地割当法(ドーズ法)
ドーズ法は、部族の共有地を個人の区画に分割することで、ネイティブ・アメリカンをアメリカ主流社会へ同化させることを目的とした政策でした。この政策は伝統的な土地所有制度を破壊し、結果として数百万エーカーもの先住民の土地が失われることになりました。
7. 1934年 インディアン再組織法
この法律は、連邦政府のインディアン政策における大きな転換点となり、部族の主権と自治の重要性が正式に認められました。これにより部族の再組織化が可能となり、一部の部族の土地も回復されました。
8. 1975年 インディアン自己決定・教育支援法
この法律は、教育、医療、経済開発などの分野において部族自身がより大きな統制権を持てるようにすることで、部族の自己決定権と自律性をさらに強化しました。
9. 土地請求権の和解
20世紀を通じて、連邦政府はさまざまなネイティブ・アメリカンの部族と土地請求権に関する和解交渉を行い、一部の部族の土地の返還や、過去の不正に対する金銭的補償が実現しました。
まとめ
インディアン居留地の設立は、法的・政治的・社会的なさまざまな要因が絡み合った、複雑でしばしば対立を伴うプロセスでした。居留地はネイティブ・アメリカンの部族にある程度の自治と土地の基盤を提供した一方で、大量の部族領土の喪失と文化的な混乱をもたらしたという二面性を持っています。