第二次世界大戦中、ドイツ軍の制式拳銃として採用されていたP38ピストル。1944年当時、この銃の生産は複数のメーカーに分散して行われていました。本記事では、モーゼル社製P38の製造場所を中心に、戦時中の生産体制について詳しく解説します。
モーゼル社製P38の製造地はオーベルンドルフ
モーゼル(Mauser)社が製造したP38の場合、その生産場所はドイツ南部バーデン=ヴュルテンベルク州のオーベルンドルフ・アム・ネッカー(Oberndorf am Neckar)にあるモーゼル工場です。同社は「byf」というメーカーコードを受領刻印として打刻し、1943年頃から終戦までP38の生産を継続しました。したがって、1944年に製造されたモーゼル製P38は、すべてオーベルンドルフ工場で生産されたことになります。
ツェラ・メーリスはワルサー社の生産拠点
一方、「ツェラ・メーリス(Zella-Mehlis)」という地名は、P38の開発元であるワルサー(Walther)社の工場があった場所として知られています。ワルサー社はテューリンゲン州ツェラ・メーリスに本拠を構え、P38の初期生産を担いましたが、連合軍による空襲や東部戦線の接近に伴い、生産は段階的に他の工場へ移管されていきました。
大戦末期のP38生産体制
1944年前後のP38は、主に以下の3つのメーカーによって生産されていました。
- ワルサー社: ツェラ・メーリス工場(P38の開発元・初期生産を担当)
- モーゼル社: オーベルンドルフ工場(メーカーコード「byf」)
- シュプレーヴェルク社: ベルリン近郊の工場(メーカーコード「cyq」)
このように、戦争末期のP38生産は高度に分散化されており、銃身やスライドに刻まれたメーカーコードを確認することで、どの工場でいつ頃製造されたかを特定できます。現在でもコレクターの間では、これらの刻印は銃の来歴と価値を判断する重要な手がかりとされています。