南アメリカの歴史

ニューディール「農業調整法」をめぐる1936年の米最高裁判決とは?――合衆国対バトラー事件の概要

1936年、米国最高裁判所は「合衆国対バトラー事件(United States v. Butler)」において重要な判決を下し、ニューディール政策の柱の一つであった1933年農業調整法(AAA)を無効としました。ニューディールとは、フランクリン・D・ルーズベルト政権が大恐慌からの脱却を目指して打ち出した一連の経済・社会政策の総称です。

農業調整法(AAA)の狙い

農業調整法は、農村部の繁栄と農家の所得向上を実現することを目的として制定されました。具体的には、食品加工業者に課税を行い、その税収をもとに農家と契約を結ぶ仕組みをつくることで、過剰生産を抑制し、農産物価格の下落を防ごうとしたものです。

最高裁判決の内容

最高裁判所は全会一致で、農業調整法が合衆国憲法の通商条項(Commerce Clause)に違反すると認定しました。裁判所の判断によれば、作物の生産は本質的に地方(州)レベルの活動であるため、連邦政府にはこれを直接規制する権限も、農業生産活動に課税する権限もないというものでした。

さらに裁判所は、食品加工業者から徴収した資金が正当な政府目的に使用されていないとして、同法は憲法が禁じる不当な財産の徴収にも該当すると判断しました。

判決の影響とその後の農業政策

この最高裁判決は、ニューディール政策の一環として農業市場を統制しようとしたルーズベルト政権の試みに大きな打撃を与えました。また、裁判所はその他の景気回復策についても合憲性に疑問を呈しており、政権の政策運営全体に影を落とす結果となりました。

こうした状況を受け、米国農務省(USDA)は1937年農業販売協定法をはじめとする新たな農業政策を展開していきます。この法律では、補助金が支給される前に、農業生産者が特定の規定について賛成投票を行うことを義務付けるなど、最高裁判決による制約に配慮した制度設計が採られました。