ヨーロッパの歴史

CDの勝利はハノーファーから始まった――世界初の量産工場の舞台裏

ハノーファーの歴史は、エンターテインメント技術と深く結びついています。125年前、エミール・ベルリナーがこの街でレコードと蓄音機を発明しました。1960年代には、ニーダーザクセン州の州都で初めて音楽カセットテープが量産されました。そして1982年8月17日、CDの勝利がここから幕を開けたのです。CDはハノーファーで開発され、世界で初めて同地で量産されました。

ハノーファーで自身のCD生産のスタートボタンを押したのは、ピアニストのクラウディオ・アラウ本人でした。銀色にきらめく円盤が、初めて量産ラインに乗った瞬間です。当時の生産責任者ディーター・ソイネは、この感動的な場面をこう振り返ります。

「もちろん、機械は十分に試験済みでした。クラウディオ・アラウがボタンを押せば、生産が本当に始まることは分かっていました。あれだけ著名なアーティストを招けたことを嬉しく思いましたし、ついに動き出したのだという高揚感がありました。」

複雑さからシンプルさへ

ハノーファーのポリグラム社での生産開始は、当日の夕方のニュースでも報じられました。数ヶ月後、最初のCDが店頭に並びます。価格は約35マルク。ホルスト・ゼーディングは、防塵(クリーン)ルーム内でコンパクトディスクとその複雑な製造工程を開発したメンバーの一人です。

「これほど高い精度を求められる製品は、それまで存在しませんでした。測定技術はまったくありませんでしたから、測定技術のすべてを自ら開発する必要がありました。そうやって、ついにCDが完成したのです。」

大所帯のチームによる成功

わずか500日のうちに、80名の化学者、物理学者、機械技術者たちが最終スパートでCDを量産体制へと仕上げました。ヘルマン・フランツにとっては生涯の仕事となったプロジェクトです。1982年、彼はハノーファーでこの献身的なチームを率いました。

「私はあの時代を、郷愁ではなく喜びとともに振り返ります。当時の物事の進み方、チームワークの記憶、モチベーションの高揚感、比較的短期間でハードルを乗り越えようとした姿勢――それらは今でも私の人生で最も心温まる思い出の一つです。」

ABBAの『ザ・ビジターズ』が銀色の円盤時代を切り開いた

やがてハノーファーでは、1日に最大100万枚ものCDが生産されるようになりました。ポップ音楽分野では、ABBAの最初のCDアルバム『ザ・ビジターズ(The Visitors)』がリリースされました。こうして、古い傷だらけのLPレコードを聴き続ける必要はなくなったのです。最初の一歩は、巨大な量産ビジネスへと発展していきました。

計測技術者のロルフ・ヴェングラーも当初からチームの一員であり、当時法外な値段だったCDプレーヤーを自宅に置いていた数少ない人物の一人でした。

「ええ、本当ですよ。でも、それも仕事のうちです!みんな感動して『私たちも欲しい!』と言っていましたからね。家族の中では、すでに宣伝活動をしていましたよ。」