現代スペイン「移行」をめぐる歴史学的論争
現代スペインにおける「移行(トランシシオン)」が果たした役割については、現在、政治的思惑を排除しきれない歴史学的な論争が続いている。長年にわたり有力だったのは、この過程を「独裁体制から民主主義体制への模範的な移行事例」と捉える解釈である。これは、主要な政治勢力間の合意(コンセンサス)政策によって実現したとする立場だ。
この解釈によれば、変革がこのように進んだのは、ほかに選択の余地がなかったからだという。つまり変化はあらかじめ用意された脚本に沿って進み、それを作り上げたのはスペイン社会全体ではなく、完璧に設計された道筋で案内役を務めたごく一部の人々――それぞれ異なる立場の政治指導者たち――だとされる。この一連の協定(パクト)は、体制の存続が不可能であることを悟ったフランコ体制側の勢力と、当時の政治的弱体さを自覚していた民主化野党側の勢力との双方によって推進されたのである。
近年台頭する批判的解釈
一方、近年になって登場した別の解釈は、移行過程に潜むさまざまな欠陥を強調する傾向にある。その結果として、後年になって次のような問題が表面化したと指摘されている。
- 王政の役割のあり方
- フランコ主義の犠牲者への配慮の欠如
- 二大政党に偏った選挙構造
- 「政治家階級」による巨大な権力
- 経済権力の無批判な継承
要するに、これらの見解は「移行は不完全な形で行われた」という評価へとつながるものである。
クーデターの影との闘い
移行がどのように遂行されたのかは、当時の社会勢力と政治勢力の力関係を反映している。ここで忘れてならないのは、少なくとも1982年頃まで「巻き戻し(反動化)」の危険性が常に背景にあったという事実である。
フランコ国家の解体作業は緩慢であり、不完全ですらあったが、ETAの絶え間ない活動と相まって、多くの軍・警察部門による反民主的な企てを招いた。さらにそこには、今日なお完全には解明されていない民間人による陰謀が絡んでいた。この観点から言えば、1978年のいわゆる「ガラクシア作戦」は最初のクーデター未遂事件と位置づけられ、最後のものは1981年のテヘロ中佐による議会占拠事件である。
この期間を通じて、クーデターの可能性は常につきまとっていた。それに対峙していたのは、まだ脆弱で不安を抱えた市民社会と、結成・路線確定の途上にあったいくつかの政党だけだった。しかし同時に、スペイン社会の大多数が迷うことなく民主主義という選択肢を選んだという事実も、決して見過ごすことはできない。

出典:La República、2012年9月18日付
参考文献
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