スペインの中立政策とその背景
第一次世界大戦(1914年~1918年)において、スペインは公式には中立の立場を維持しました。当時のスペインが参戦を避けた背景には、いくつかの重要な理由がありました。
- 軍事力の脆弱さ: スペイン軍は決して強大とは言えず、さらにモロッコ保護領の統治にも関与していたため、欧州大戦に割く余力がありませんでした。
- 国際政治における発言力の低さ: スペインは国際舞台では二次的な役割にとどまっており、中央ヨーロッパやバルカン半島の情勢への特段の関心も持ち合わせていませんでした。この立場のおかげで、開戦前に築かれた複雑な国際同盟システムの外側にとどまることができました。
- 経済的な弱さ: 財政赤字や産業化の遅れといった経済的弱点は、列強各国が繰り広げていた軍拡競争への参加を妨げる大きな障壁となりました。
- 社会動乱への恐れ: 万一参戦が敗北に終わった場合、国内で社会反乱が勃発する危険性が高いと考えられていました。

カルタヘナ港に停泊するドイツ潜水艦U-35。写真集『Steel Sharks』より。
分裂する世論――「連合国派」と「ドイツ派」
しかし、公式の中立方釧とは裏腹に、スペイン社会内部は大きく二つの勢力に分断されていました。すなわち、フランス・イギリスを支持する「連合国派」と、ドイツら中央同盟国を支持する「ドイツ派」です。
連合国側(フランス・イギリス)は自由主義や民主主義の象徴として捉えられ、中道左派の社会的・政治的勢力から強い支持を受けました。一方、中央同盟国は秩序や規律といった観念を重んじる保守層から支持を集めていました。こうした思想的な対立軸は、後のスペイン近代史にも影を落とすことになります。
中立を侵した三つの要因
公式な中立宣言にもかかわらず、スペイン自身が大国同士の対立の舞台となっていきました。フェルナンド・ガルシア・サンス著『スペインと第一次世界大戦』によれば、スペインの中立を実質的に崩した要因として、次の三点が挙げられます。
- 鉱物資源をめぐる連合国の支配: タングステンや鉛といった戦略的に重要なスペイン産鉱物資源が、連合国側によって掌握されました。
- 諜報活動の激化: 地中海に面したスペイン各港では敵対両陣営のスパイ活動が活発化し、制海権をめぐる駆け引きの重要拠点となりました。
- ドイツによる商船攻撃: ドイツ潜水艦による無差別攻撃により、約80隻ものスペイン商船が沈められました。
このように、直接戦火に巻き込まれることはなかったものの、スペインは経済・外交・情報戦のあらゆる面で大戦の渦中に巻き込まれていったのです。

カディス沖でスペイン定期船「インファンタ・イサベル・デ・ボルボン」を臨検するドイツ潜水艦。出典:GETTY / EL PAÍS
参考文献
García Sanz, Fernando (2014) España en la Gran Guerra: espías, diplomáticos y traficantes(『スペインと第一次世界大戦:スパイ、外交官、そして密貿易業者』)、Galaxia Gutenberg、バルセロナ。
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