世紀は流れても、書物は残る。芸術作品でありながら秘密の箱でもある本々は、過去の貴重な証人となります。フランス・シャンパーニュ地方の古都トロワにあるメディアテーク(図書館)が誇る古書コレクションは、この街と地域の豊かな歴史を今に伝える宝庫です。
かけがえのない蔵書
古い装丁をまとった紙の宝石の大部分は、建物のグランドホールに鎮座しています。床から天井まで壁一面を覆う古書の背表紙。気温18℃に保たれたこの魅惑的な空間は、ガイドツアーでのみ見学が許されています。
収蔵される数千冊の印刷本の多くは、かつての教会図書館に由来するものです。その上空には、二つの印象的な球体——天球儀と地球儀——がそびえます。1640年製で、科学的な正確さで名高い地図学者ウィレム・ブラウ(Willem Blaeu)の署名入り。木型に彫り込んだ紙を水彩で着色し、ニスを施した図版をパピエ・マシェの球体に貼り合わせ、時代物の木製台座で支えたもので、直径68cmに達する当時最大級の地球儀でした。興味深いことに、片方の球体には1814年2月24日、ナポレオン戦争のさなかに受けた砲弾の痕跡が今も残っています!

さらにメディアテークは、アンリ・ド・シャンパーニュ伯(初期中世の君主として現存最古の個人図書館を持つ人物)の蔵書の大部分、「青の文庫(Bibliothèque bleue)」と呼ばれる小冊子ではフランス最大のコレクション、そして類を見ない「広告カード」の実例も所蔵しています。その中でも白眉なのが、名高いクレルヴォー修道院の写字室で筆写・装飾された古写本のコレクションです。ここからは、長い歳月の中でトロワが果たしてきた重要な役割を物語る数々の至宝をご紹介します。
クレルヴォー――中世西欧の知の拠点
1115年、シトー会のベルナール・ド・フォンテーヌ院長と数人の仲間が、オーブ県の地にクレルヴォー修道院を創設しました。1174年に列聖されたクレルヴォーのベルナールの並外れた人格により、修道院は瞬く間にシトー会屈指の勢力を誇る存在となり、世界中へその影響を及ぼしました。活発に稼働する写字室は数百冊の写本を筆写し、ほどなくして中世西欧有数の図書館を形成するに至ります。
シトー会の根本原則である簡素さと純粋さは、書を含む芸術にも及びました。修道士たちが熟練していた細密画(イルミネーション)を批判し、華美な色彩を認めなかったベルナールは、「文字は単色で書かれ、人物像で飾ってはならない」と定めました。余計な装飾は一切なし。書物は読む者の瞑想を促し、シトー会修道生活の厳格さを伝えるべきだと考えたのです。
青・赤・緑・黄色のみで構成されたこの「モノクローム」様式は極めて珍しいものです。この独特の書様式(決して美しくないわけではありません)によって、1150年代に筆写された「聖ベルナールの大聖書」は唯一無二の存在となりました。訪問時に開催されていた展覧会「トロワにおける千年の書物」で、ショーケースに収められたこの傑作を目にすることができました。まさに純粋なる驚異です……。

1245年以降、クレルヴォー図書館はパリ大学と緊密な関係を築き、人文主義的な修道士や愛書家たちの尽力によってさらに発展していきます。1472年に精密に目録化された1790点の写本のうち、1115点が今日もトロワ・メディアテークに保存されています。この重要かつ見事に保全されたコレクションは、ユネスコ「世界の記憶(Memory of the World)」プログラムにも登録された、フランス第一の中世写本コレクションなのです。
シャンパーニュ大市から印刷文化へ
フランドルとイタリアを結ぶ幾多の街道と水路が交わる要衝に位置し、シャンパーニュ大市の揺籃の地でもあったトロワは、歴史のごく早い段階から商業都市としての使命を帯びていました。中世フランス最大級の都市の一つとして、東洋の奢侈品を求めてヨーロッパ各地から集まる商人たちによって繁栄し、プロヴァンとともに世界的な名声を獲得します。
多数の製紙工場の存在が、15世紀以降の印刷工房の発展を後押ししました。トロワはハイデルベルクやミュンヘン、コペンハーゲンといったドイツ・北欧の大都市よりも先んじて、フランスひいてはヨーロッパで最初期に印刷機を導入した都市の一つです。16世紀には30人以上の印刷業者がこの街で活動していました。
印刷されたのは文字通りあらゆるもの。17世紀に人気を博した意外な題材といえば、トランプです。「カルティエ(cartier)」と呼ばれる職人の家族たちがその製作に生涯を捧げ、なかでもサントン家は19世紀初頭まで活動を続けました。

幸運にも、書誌学者アレクシス・ソカール(Alexis Socard)が1871年に編纂した、18世紀トロワ製トランプの見本アルバムを閲覧することが叶いました。コレクションの各ページには、版木から摺り出された完全な版面のプリントと、工房別・年代順に分類され彩色された一連のカードが貼り込まれています。トロワならではの特異な産業を伝える素晴らしい資料です。しかも、この街の出版文化の特色はまだまだ続きます。
「青の文庫」――大衆文学の幕開け
1602年、ウード(Oudot)兄弟がトロワで新しい低価格出版の形式を生み出しました。小型で粗末な用紙を使い、低コストで刷られた小冊子(今日のパンフレットに近いもの)です。やや厚手の青灰色の紙で表紙を施したことから、これらの「青い本」は後に「青の文庫」と総称されるようになりました。
小冊子の内容は、教訓的・娯楽的な古い物語の再録が中心で、挿絵が添えられることもあれば、読者に分かりやすいよう簡略化されることもありました。こうした小冊子は、国中を巡り歩く行商人(コロヌール)たちの手によってフランス全土へ広まりました。彼らは広場で人々に楽しい物語を売りました。広場こそ、18世紀まで人々の社交の中心であり続けたのです。
この出版形式の成功はたちまち模倣を呼びました。競合はまず揺籃の地トロワで、続いてルーアン、リモージュ、カーンで、やがてフランス全土に、さらには国境を越えて広がっていきます。

およそ3世紀にわたり、何百万冊もの本がフランス中を旅しました。暦、詩歌、『メリュジーヌ』のような騎士道物語、聖人伝、歌集、『ペロー童話集』のようなフィクション、入門書・料理書・園芸書、そして占星術の指南書(トロワの占星術師とその著作は当時たいへん有名でした)。
寄贈と購入を通じて、トロワ・メディアテークは現在3,500点を超えるトロワ産・フランス産・外国産の収蔵品を擁するコレクションを築き上げました。博識で情熱的な愛書家たちの手厚い保護のおかげで、私たちのもとに伝わった儚い小冊子たちなのです。
流行した商業広告カード
19世紀後半、商品の大量流通の時代を迎えると、クロモリトグラフ(石版多色印刷)の発明によって広告は急速な発展を遂げます。このカラー印刷技術は、「広告カード」と呼ばれる小型の印刷物にとりわけ活用されました。
大量に、しかも低コストで印刷され、しばしば収集セットの形で提供されたこれらの広告カードは、自店を宣伝し顧客との絆を保ちたい商人たちによって配布されました。
こうした素朴で愛らしい「クロモ」には、消費社会と余暇社会が芽生えつつあった時代の関心を映す活動に励む子どもたちや夫婦の姿が描かれています。なかにはジュール・シェレやトゥールーズ=ロートレックといった、当時を代表する偉大な芸術家の手になるものもあります。
トロワ産業の黄金時代を今に伝える、メディアテークの広告カードコレクションは5,000点以上に及びます。その規模はもちろん、質の高さと題材の多彩さにおいても際立っています。トロワの商店街の小さな洋服店、靴屋、帽子店、理髪店、香水店、仕立屋などを宣伝するカードが多い一方で、ボン・マルシェやプランタンといった初期の大型百貨店のものも含まれているのです!

芸術と歴史が凝縮されたこれらの至宝に加えて、トロワ・メディアテークには自由に閲覧できる約21万点の資料があります。数多くの宝物を今なお秘めるこの街を訪れる、またとない理由となるでしょう(ラヴォー侯の墓については、別記事をご覧ください)。
最後に、トロワ市、温かく迎えてくださり丁寧に解説してくださいましたキャトリーヌ・シュミット氏(トロワ・シャンパーニュ・メトロポール・メディアテーク館長)、そして貴重な資料・作品の閲覧の機会を整えてくださったエティエンヌ・ナデオ氏(学芸員)に心より感謝申し上げます。