ヨーロッパの歴史

第二次世界大戦初期のドイツの勝利とは?電撃戦で席巻されたヨーロッパ

第二次世界大戦の序盤、ナチス・ドイツは「電撃戦(ブリッツクリーク)」と呼ばれる戦術を駆使し、ヨーロッパ各地で目覚ましい勝利を収めました。ここでは、開戦から数年間にわたるドイツの主要な軍事的成功について解説します。

ポーランド侵攻(1939年9月)

1939年9月1日、ドイツはポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦が正式に勃発しました。ドイツ軍は戦車と航空機を中心とした電撃戦によって瞬く間にポーランド領内へ進撃。ポーランド軍は数週間にわたり勇敢に抵抗したものの、ついに敗北しました。9月17日にはソ連も東側から侵攻し、ポーランドは独ソ両国によって分割占領されることとなりました。

フランス・オランダ侵攻(1940年5月〜6月)

1940年5月10日、ドイツはオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、そしてフランスへ同時に侵攻しました。オランダ軍はわずか5日で降伏し、フランス軍も森林地帯を抜けてマジノ線を迂回するドイツ軍の奇襲により圧倒されました。6月14日にパリが陥落し、6月22日にはフランスが休戦協定を締結して降伏。北部フランスはドイツの直接統治下に置かれました。

ソ連侵攻(1941年6月)

1941年6月22日、ドイツは史上最大級の陸上作戦「バルバロッサ作戦」を発動し、ソ連への全面侵攻を開始しました。当初この作戦は極めて順調に進み、ドイツ軍は首都モスクワの近郊まで到達します。しかし、厳しい冬の寒さと補給難、そしてソ連軍の組織的な反攻により、ドイツ軍は押し戻されることになりました。

ヨーロッパ大部分の占領(1940年〜1942年)

1940年から1942年にかけて、ドイツはヨーロッパの広範な地域を支配下に置きました。具体的には、デンマーク、ノルウェー、ベルギー、ルクセンブルク、オランダ、フランス、ポーランド、さらにソ連西部の一部などが含まれます。なお、オーストリア(1938年のアンシュルス)とチェコスロバキア(1939年)については、開戦前の段階ですでに併合されていた点に注意が必要です。

まとめ

第二次世界大戦初期のドイツの快進撃は、電撃戦という革新的な戦術と、各国の防衛準備の不足によるものでした。しかし1941年末以降、ソ連での長期化する消耗戦やアメリカの参戦により、戦局は次第に連合国側へと傾いていくことになります。