ヨーロッパの歴史

ロマノフ王朝を終わらせた革命は何回?1917年「二月革命」の全貌

ロマノフ王朝を終焉へと導いた革命は、実は1回だけです。それが1917年の二月革命(2月革命)です。

二月革命とは何だったのか

1917年2月(当時ロシアで使われていたユリウス暦。グレゴリオ暦では3月)、ロシア帝国の首都ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)を中心に、大規模なデモやストライキが発生しました。

第一次世界大戦の長期化による食料不足、経済の混乱、そして戦争への疲弊と不満が積み重なり、民衆の怒りが一気に噴出したのです。

約300年の歴史に幕を下ろす

デモ隊と政府軍の衝突が激化する中、ついに首都の守備を担っていた兵士たちまでもが反乱側に加わりました。これ以上の鎮圧は不可能となり、皇帝ニコライ2世は1917年3月15日(ユリウス暦3月2日)に退位を表明します。

こうして、1613年のミハイル・ロマノフ即位以来、約300年間にわたってロシアを統治してきたロマノフ王朝は、わずか1回の革命によってその歴史に幕を下ろすことになりました。

同じ年の「十月革命」との違いに注意

なお、同じ1917年には後の「十月革命」も起こっています。しかし、これはロマノフ王朝滅亡後にボリシェヴィキ(レーニン率いる勢力)が権力を掌握するために起こしたものであり、王朝そのものを終わらせたのは二月革命であるという点は押さえておきましょう。