1962年、世界が核戦争の瀬戸際に立たされた「キューバ危機」。当時ソ連が画策していた「解決策」とは、アメリカ本土からわずか90マイル(約145キロ)しか離れていないキューバへの核ミサイル秘密配備でした。本記事では、ケネディ政権によって最終的に阻止されたこの作戦の背景と経緯を詳しく解説します。
ソ連の「解決策」――キューバへの核ミサイル配備
冷戦時代、米ソ両国は互いを牽制し合うなかで核戦力の拡充を競っていました。ソ連は、アメリカがトルコやイタリアに核ミサイルを配備し、自国を射程内に収めていたことへの対抗措置として、カリブ海の同盟国キューバへ核ミサイルを極秘裏に設置することを決断しました。
キューバはフロリダ沖に位置する島であり、ここに中距離弾道ミサイルが配備されれば、アメリカ東部の主要都市がすべてソ連の核攻撃圏内に入ることになります。まさに冷戦の力学を一変させうる、大胆かつ危険な戦略でした。
ケネディ政権の強硬な対応
偵察機の空中写真によりミサイル基地の建設を確認したジョン・F・ケネディ大統領は、即座に対応に乗り出しました。取られた手段が、キューバ周辺海域への「海上封鎖(検疫)」です。これは事実上の包囲網であると同時に、ミサイル撤去に応じなければ軍事行動も辞さないという強い意志の表明でもありました。
以降の数日間、米ソ両国は一触即発の状態に陥り、世界中が核戦争の勃発を恐れる異常な緊張状態が続きました。
13日間の緊迫した交渉と妥協の結末
激しい駆け引きの末、ソ連側はついにミサイル撤去を受け入れました。その見返りとしてアメリカが提示したのは、次の二つの合意でした。
- キューバに侵攻しないという公約
- トルコからアメリカのミサイルを撤去するという秘密協定
こうして人類史上最も危機的とされる13日間は幕を閉じました。しかし、この出来事は核兵器の脅威の大きさと、外交交渉の重要性を後世に残す歴史的教訓となったのです。