ヨーロッパの歴史

連合規約の下で各州は本当に主権を有していたのか?アメリカ建国初期の緩やかな連合体制を解説

連合規約下における各州の主権

はい、連合規約(Articles of Confederation)の下では、各州は主権を有していました。1781年に発効した連合規約は、アメリカ合衆国最初の成文憲法であり、非常に緩やかな州の連合体を形成するものでした。この体制の下、各州は実質的に独立国家のように振る舞い、自らの主権を保持し続けたのです。

きわめて弱い中央政府

連合規約によって設立された中央政府(連合会議)の権限は極めて限定的でした。課税権を持たず、常備軍を維持する力もなく、州に対する法的な強制力もほとんどありませんでした。そのため、連邦政府は名ばかりの存在にとどまり、実質的な権力は各州の手に握られていました。

各州が保有していた権限

一方で、各州は強大な権限を享受していました。主なものとしては、次のような点が挙げられます。

  • 独自の法律や州憲法の制定
  • 独自の通貨の発行
  • 対外関係における一定の自律性(条約締結には連合会議の同意が必要な場合もありました)
  • 州ごとの貿易政策や関税の運用

緩やかな連合がもたらした帰結

このように主権を各州に残す仕組みは、独立戦争中の各植民地の自主性を尊重するものでしたが、裏を返せば国家としての統一性が著しく欠けていることを意味しました。通貨や法律が州ごとに異なることで経済や外交に混乱が生じ、やがてシャイズ反乱(1786〜87年)などの内政不安を引き起こします。こうした問題を背景に、1787年の憲法制定会議が招集され、より強力な連邦政府を樹立する現行の合衆国憲法へと移行していったのです。