ヨーロッパの歴史

アテネは不健康な赤ん坊を殺していたのか?――よくある歴史の誤解を検証する

この質問の前提には、歴史的事実としての誤りが含まれています。古代アテネが不健康な赤ん坊を組織的に殺していた、あるいは「安楽死」させていたことを裏付ける確かな史料は存在しません。

スパルタとの混同が誤解の原因

こうした誤解が生まれる背景には、隣国スパルタとの混同があると考えられます。スパルタでは、新生児が生まれると長老たちによる検査が行われ、身体的に弱いと判断された赤ん坊は、タイゲトス山麓の「アポテタイ(捨て場)」に置かれて死へと委ねられたと伝えられています。これは国家の方針として制度化された慣習であり、優秀な兵士を育成するというスパルタ社会の理想を反映したものでした。

アテネにおける実際の状況

一方、アテネにはこのような国家的な仕組みは存在しませんでした。もっとも、古代ギリシャ世界全般を見渡すと、貧困などの経済的な事情から、個人や家庭の判断で赤ん坊を遺棄する事例自体は確認されています。しかし、それはあくまで私的な行為であり、アテネの公式政策でもなければ、制度として整備された「弱者排除」の仕組みでもなかったという点が重要です。

まとめ

「アテネ人が不健康な赤ん坊を殺した」という見方は、史実とは言えません。制度として弱い乳児を処分していたのはスパルタであり、アテネにこのようなイメージを持つのは、両都市国家の慣習が混同された結果である可能性が高いと言えるでしょう。