ヨーロッパの歴史

1877年の妥協とは?その条件と歴史的影響をわかりやすく解説

1877年の妥協(Compromise of 1877)とは

1877年の妥協は、1876年アメリカ大統領選挙における帰属未定の選挙人票をめぐる対立を解決するために、共和党と民主党の間で交わされた非公式な政治取引です。この妥協により、共和党候補のラザフォード・B・ヘイズが大統領に就任することが確定しました。

妥協の内容は明文化された正式な協定ではなく、両党間の密室交渉によって成立したとされていますが、その主な条件は以下の通りです。

妥協の主な条件

  • 南部からの連邦軍撤退:連邦政府が南部諸州から軍隊を撤収させ、事実上レコンストラクション(再建時代)を終結させる。
  • 南部への財政支援:連邦政府が南部の鉄道建設などのインフラ整備に対して財政援助を行う。
  • 南部民主党による共和党政策への協力:南部の民主党員が保護関税や内政改善(内部改良)への連邦資金投入など、共和党の政策を支持する。
  • 州の権限への不干渉:共和党は、誰が投票権や公職就任資格を持つかを決める問題について、南部各州の「州の権限」に介入しない。

妥協がもたらした歴史的影響

この妥協によりレコンストラクションの時代は幕を閉じ、旧南部連合諸州ではジム・クロウ法と呼ばれる人種差別法制が次々と制定され、法的(de jure)な人種隔離の時代が始まりました。

こうした制度的な人種差別は、その後およそ80年間にわたって続き、20世紀半ばの公民権運動によってようやく撤廃へと向かうことになります。1877年の妥協は、一時的な政治的安定をもたらした一方で、黒人公民権の後退という深刻な代償を伴った、アメリカ史における重大な転換点として位置づけられています。