ヨーロッパの歴史

エイブラハム・リンカーンは「連邦の維持」についてどのような立場だったのか?

エイブラハム・リンカーンの「連邦(ユニオン)の維持」に対する立場は、揺るぎないものであり、彼の政治生命と一連の行動の中核を成すものでした。リンカーンは、アメリカ合衆国が一つの統一された国家として存続することが何よりも重要であると考え、州が脱退するいかなる試みも違憲であり、決して許容できないものだと確信していました。その生涯と大統領職を通じて、連邦への献身を示す数々の行動と発言が残されています。

第一次就任演説での宣言(1861年)

1861年に行われた第一次就任演説で、リンカーンは憲法を遵守し、連邦を維持する意志を明確に表明しました。彼はこう宣言しています。
「これらの諸州による連邦は永続的なものである(The Union of these states is perpetual)」。

州の脱退への断固たる拒否

リンカーンは、州が連邦から脱退するという考えに強く反対し、それを憲法違反とみなしました。連邦は永続的かつ不可分の存在であり、いかなる州による離脱の試みも違法であると強調しました。

北軍兵士への布告(1861年)

1861年に北軍兵士へ向けた布告の中で、リンカーンは志願兵たちに立ち上がり、連邦維持のために戦うよう呼びかけました。そして、この紛争の目的は「連邦を維持し、憲法を守ること」であると述べました。

奴隷解放宣言(1863年)

1863年の奴隷解放宣言は、奴隷制問題に取り組んだものであると同時に、連邦の大義を強化する上でも大きな意義を持ちました。この宣言は、勝利を収めて連邦を守り抜くためには、あらゆる手段を厭わないというリンカーンの強い覚悟を示すものでした。

ゲティスバーグ演説(1863年)

1863年に行われたゲティスバーグ演説では、連邦の重要性と、そこに体現される自由・平等・自治の原則が力強く語られました。リンカーンは次のように述べています。
「我々はここに固く決意する。これらの死者が無駄に死んだものとならないように、神の下にあるこの国家が自由の新生を遂げ、人民の、人民による、人民のための政府が地上から消え去ることがないように」。

第二次就任演説(1865年)

1865年の第二次就任演説において、リンカーンは多大な犠牲を払ってでも連邦を守り抜かねばならないことを力説しました。
「偉大な政治家たちの業績をつぎはぎしてはならない。我々は戦い抜かねばならない」と語りました。

まとめ:連邦の守護者としてのリンカーン

連邦維持に対するリンカーンの献身は、政治家としてのキャリアと大統領職を通じて終始揺らぐことがありませんでした。彼は連邦を、分裂を企てるいかなる勢力からも守り抜き、防衛しなければならない神聖な信託と捉えていました。彼の行動、演説、政策はすべてこの根本原則を中心に据えたものであり、今日、リンカーンは「連邦の擁護者」として広く称えられています。