パリ条約とは?独立承認の条件
1783年9月3日、アメリカ合衆国とイギリスの間で調印されたパリ条約により、イギリスはアメリカ合衆国を「自由かつ主権を有する国家」として正式に承認しました。しかし、この独立承認は一方的な贈り物ではありません。アメリカ側には、それと引き換えに守るべきいくつかの約束が課されていました。
アメリカが約束した主な事項
1. 敵対行為の完全な停止
アメリカは、イギリス領土およびイギリス軍に対するすべての敵対行為を直ちに停止することを約束しました。一方、イギリスも「可能な限り迅速に」自国の軍隊・要塞・艦隊をアメリカから撤退させる義務を負い、両国の間には恒久的な平和が定められました。
2. ミシシッピ川を西の国境と認めること
アメリカの西側国境をミシシッピ川と定めることも重要な条件でした。これにより、建国当初のアメリカの領土は大西洋岸からミシシッピ川までの範囲に限定されました。なお、現在のミシガン州やウィスコンシン州、イリノイ州といった五大湖周辺の地域は、この条約によってむしろ正式にアメリカ領となった点に注意が必要です。
3. ミシシッピ川の航行権の保障
条約では、イギリスとアメリカの双方が、ミシシッピ川とその支流を恒久的に自由に航行できることが定められました。これは、内陸部の交易にとって生命線ともいえる川の利用権を、互いに認め合うというものです。
4. イギリス人債権者への債務返済
戦争中に支払いが滞っていた、イギリス人債権者に対する「正当な債務」を弁済することも約束されました。これには開戦前から存在していた商人同士の貸借関係も含まれており、経済的な信用を回復するうえで欠かせない条件でした。
5. 没収された財産の返還(ロイヤリスト問題)
戦争中に没収された親英派(ロイヤリスト)の財産については、連邦議会が各州に対して返還を勧告すること、そして今後は新たな没収や迫害を行わないことが取り決められました。ただし、この条項は強制力を持たない「勧告」にとどまったため、実際に財産が返還された例はごくわずかでした。
6. 国境紛争を解決する委員会の設置
アメリカとカナダ(当時の英領北アメリカ)との間の境界線をめぐる紛争を解決するため、委員会を設置して協議することも盛り込まれました。
まとめ:譲歩の先にあった独立
パリ条約においてアメリカが約束したのは、敵対行為の停止、国境の確定、航行権の保障、債務の弁済、没収財産の扱いといった幅広い事項でした。中でも債務返済やロイヤリスト財産の返還は国内で強い反発を招きましたが、新生アメリカが国際社会の一員として信頼を得るためには避けられない譲歩でした。こうした約束と引き換えに、アメリカは真の独立を勝ち取ったのです。