北米における最初の恒久的なドイツ人入植地は、ペンシルベニア州のジャーマンタウン(Germantown)です。1683年10月6日、故郷ドイツでの過酷な宗教迫害から逃れてきた13家族のドイツ人が、フィラデルフィアの港に到着しました。
ジャーマンタウン入植の背景
彼らの多くは、ライン川下流のクレーフェルト(Krefeld)周辺出身のメノナイト派やクエーカー教徒でした。17世紀のヨーロッパでは宗教的少数派への弾圧が厳しく、信教の自由を求めて新大陸へ渡ることを決意します。彼らが目指したのは、寛容な政策を掲げていたウィリアム・ペンが設立したペンシルベニア植民地でした。
デラウェア川をさかのぼった入植者たち
フィラデルフィアに上陸した一行は、デラウェア川をさかのぼり、現在のジャーマンタウンにあたる土地へと向かいました。入植者のリーダーである法学者フランツ・ダニエル・パストリウス(Francis Daniel Pastorius)は、土地の取得や共同体の運営に尽力し、ジャーマンタウンはやがて農業や織物業で知られる繁栄する町へと成長していきます。
アメリカ史におけるジャーマンタウンの意義
ジャーマンタウンは、1688年に北米初となる奴隷制反対の請願書が提出された歴史的な地としても知られています。また、この地を足がかりにドイツからの移民はその後もアメリカ東部へと続々と移住し、今日のアメリカ社会に大きな影響を与えたドイツ系アメリカ人コミュニティの原点となりました。