ヨーロッパの歴史

なぜスターリンは西側諸国の同盟者になったのか?―その真実を解説

スターリンは本当に「同盟者」だったのか?

結論から言えば、ヨシフ・スターリンが西側諸国の真の同盟者になったことは、一度もありませんでした。

第二次世界大戦中、スターリン率いるソ連はイギリス、フランス、アメリカと戦術的な同盟関係を築いていました。しかし、この同盟は友情や価値観の共有から生まれたものではなく、あくまで「必要に迫られた結果」だったのです。

ナチス・ドイツという共通の敵

そもそもスターリンは、1939年にドイツと独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ条約)を締結し、一時はナチス政権と距離を置いた関係を保っていました。ところが1941年、ドイツがソ連へ侵攻(バルバロッサ作戦)すると、状況は一変します。

自国の存亡が危機に瀕したソ連にとって、西側諸国との協力は避けられない選択となりました。同様に、ドイツと二正面作戦を強いられたくない連合国側にも、ソ連を戦線に留めておく動機がありました。つまり、ナチス・ドイツという共通の敵を打倒するという単一の目的こそが、この同盟を支える唯一の基盤だったのです。

埋まることのなかった相互不信とイデオロギーの溝

表向きはテヘラン会談やヤルタ会談などで首脳同士が協調する場面も見られましたが、スターリンの共産主義体制と、西側諸国が掲げる資本主義・民主主義の原則との間には、常に深い相互不信とイデオロギー的な亀裂が横たわっていました。

西側諸国はソ連の拡張主義的な意図を警戒し、スターリン側も西欧諸国がドイツと单独講和を結ぶことを恐れていました。この不信感は終戦とともに表面化し、東西陣営の対立、すなわち冷戦へと直結していきました。

まとめ

スターリンと西側諸国の同盟とは、理念ではなく現実的利害によって成り立った「便利な仮面夫婦」のようなものでした。共通の敵が消えた瞬間、この同盟は崩壊し、世界は新たな対立の時代へと突入していくことになります。