第一次世界大戦に敗れたドイツ帝国は、1919年に調印されたヴェルサイユ条約により、海外のすべての植民地および海外領土を放棄することを義務付けられました。これらの旧ドイツ領は、新設された国際連盟の監督下で「委任統治領」として再編成され、大戦の戦勝国である連合国側へと分配されていきました。
ここでは、主要な地域ごとの帰属先を整理してみましょう。
太平洋地域の旧ドイツ領
- ドイツ領ニューギニア: 主にオーストラリアの委任統治領ニューギニアと、日本の南洋庁が管轄する南洋群島(日本委任統治領)に分割されました。
- ナウル: イギリス帝国(オーストラリア・ニュージーランド・英国)が共同で委任統治を行いました。
- ドイツ領サモア: ニュージーランドの委任統治領となりました。
アフリカの旧ドイツ領
- ドイツ領東アフリカ(タンガニーカ・ルワンダ=ウルンディ): イギリス領タンガニーカと、ベルギーの委任統治領ルアンダ=ウルンディ(現在のルワンダ・ブルンジ)に分割されました。
- ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア): 南アフリカ連邦の委任統治領となり、事実上併合に近い形で長く統治されました。同地域は1990年になってようやくナミビアとして独立を果たしています。
- トーゴランド: 英領トーゴランドと仏領トーゴランドに分割されました。
- カメルーン: トーゴランドと同様に、英領カメルーンと仏領カメルーンに分割されました。
中国・山東半島におけるドイツ権益
中国の山東半島(膠州湾租借地など)では、ドイツが鉄道や鉱山などの経済的権益を握っていました。ヴェルサイユ条約ではこれらの権益が日本に譲渡されることになり、この決定は中国国内で強い反発を招き、五四運動(1919年)の発端となりました。その後、1922年のワシントン会議(九カ国条約関連の取り決め)を経て、山東の権益は最終的に中国へ返還されることとなりました。
旧植民地再分配がもたらした影響
こうした領土の再編は、当時の地政学的構図を大きく塗り替えるものでした。オセアニアでは日本の南進が本格化し、アフリカでは新しい国境線が引かれたことが、後の民族紛争や独立運動の火種ともなりました。また、中国での反発はナショナリズムの高揚を促し、東アジアの国際関係にも深い影響を及ぼしました。
これらの変動は今日においても、国際関係や各地域のアイデンティティに一定の影響を残し続けています。