答えは「国民公会」
1792年、国民公会がフランスの君主制を廃止し、第一共和政(第一フランス共和国)を樹立しました。国民公会は、当時としては画期的な男子普通選挙によって選出された議会であり、フランス革命における最高の権力機関として機能しました。
君主制廃止までの経緯
1789年のバスティーユ牢獄襲撃に始まるフランス革命は、王権の限界を次第に露呈させていきました。1792年8月10日、パリの民衆と革命派がテュイルリー宮殿を襲撃し、ルイ16世の権限は停止されました。この出来事を受けて新たに召集されたのが国民公会です。
そして1792年9月21日、国民公会は正式に君主制の廃止を決議し、翌9月22日をもって共和政の樹立を宣言しました。この日付は後に革命暦(共和暦)の「元年」の始まりとして採用されています。
その後の展開
共和政の樹立後も国王の処遇は大きな争点となりました。国民公会は「陰謀および反逆」の罪でルイ16世を裁判にかけ、1793年1月21日に処刑しました。これにより、数百年続いたフランスの王政は完全に終焉を迎えることとなりました。
なお、フランスにはその後、第二共和政(1848年〜1852年)、第三共和政(1870年〜1940年)、第四共和政(1946年〜1958年)、そして現在の第五共和政(1958年〜)へと受け継がれる共和主義の歴史が続いており、その原点となったのが1792年の国民公会による決断でした。