ヨーロッパの歴史

三部会はどのようにしてフランス国民議会になったのか?

三部会(エステート・ジェネラル)とは

三部会は、フランス国王が必要に応じて臨時に招集していた諮問的な代表議会です。前回の開催は1614年であり、それ以降1789年までの約175年間、一度も召集されることはありませんでした。

三部会は次の三つの身分によって構成されていました。
・第一身分:聖職者
・第二身分:貴族
・第三身分:平民(庶民)

特に重要なのは、各身分の代表者数にかかわらず、「身分ごとに1票」という議決方式が採られていた点です。このため、人口の大多数を占める第三身分は、聖職者と貴族の意向に常に従わざるを得ない不平等な構造の中に置かれていました。

三部会の召集(1789年)

1789年、ルイ16世は深刻な財政危機を打開するため、新しい税法の承認を得ることを目的に三部会を召集しました。1614年以来となる約175年ぶりの開催でした。

しかし、第三身分の代表者数は第一・第二身分を大きく上回っており、彼らはより平等な社会を実現するための改革を強く求めていました。議決方式をめぐる対立が深まるなか、第三身分はついに自らを「国民議会」と宣言し、三部会という旧来の枠組みから離脱することになったのです。

国民議会の成立とその意義

国民議会では、第一・第二身分を除く代表者が選出されました。議会は「人間および市民の権利の宣言」(人権宣言)の起草を行い、自由や平等といった近代的な原則を明確に打ち出しました。

第三身分による国民議会の結成は、絶対王政への本格的な挑戦を意味するものであり、ここにフランス革命の幕開けとなりました。