第一次世界大戦(1914年~1918年)が終結に向かう中、1919年にフランスのパリで開かれた講和会議には、連合国側を代表する主要国の指導者たちが集まりました。この会議を主導したのは、後に「ビッグ・フォー(四大国首脳)」と呼ばれることになる、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアの指導者たちです。
ビッグ・フォーを構成した4人の指導者
ウッドロウ・ウィルソン(アメリカ大統領)
アメリカ合衆国第28代大統領。理想主義的な外交理念を掲げ、「14か条の平和原則」を提唱しました。国際連盟の設立構想は彼によるものであり、永続的な平和の実現を目指しました。
デヴィッド・ロイド・ジョージ(イギリス首相)
イギリスの首相。戦勝国としての利益を確保しつつも、ドイツに対する過度な報復は避けたいという、現実的でバランス感覚のある立場をとりました。
ジョルジュ・クレマンソー(フランス首相)
「虎」と呼ばれた強硬派の指導者です。国土が主戦場となり甚大な被害を受けたフランスは、ドイツへの厳しい制裁と安全保障の確保を最優先事項としました。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ・オルランド(イタリア首相)
イタリアの首相。連合国の一員として参戦した見返りに、約束されていた領土の獲得を強く求めましたが、他の三国との意見の相違から、会議の途中で離脱することもあります。
日本は出席していなかったのか
第一次世界大戦では、日本も連合国側として参戦しており、パリ講和会議には西園寺公望らが全権として出席しています。しかし、会議の実質的な主導権を握っていたのは上記の英仏米伊の4か国であり、日本は「五大国」の一員でありながら、中心となる意思決定には深く関与できませんでした。
まとめ
第一次世界大戦の終結直後に開催されたパリ講和会議を主導したビッグ・フォーは、アメリカのウィルソン大統領、イギリスのロイド・ジョージ首相、フランスのクレマンソー首相、そしてイタリアのオルランド首相の4人です。各国の思惑や利害の違いが、ヴェルサイユ条約の内容ひいてはその後の国際秩序に大きな影響を与えることとなりました。