ポツダム県(ベツィルク)はもう存在しない
ポツダムを管轄していた「ベツィルク・ポツダム(Bezirk Potsdam)」は、現在では存在していません。1990年のドイツ再統一に伴って廃止され、その管轄区域は今日、ブランデンブルク州の一部となっています。
ベツィルク・ポツダムとは何か?
「ベツィルク(Bezirk)」とは、旧東ドイツ(ドイツ民主共和国・DDR)における行政区画の名称です。1952年、東ドイツ政府はそれまでの州(Land)制度を廃止し、全国を14のベツィルクへ再編しました。ベツィルク・ポツダムもその一つとして設置され、約38年間にわたってこの地域の行政を担いました。
1990年、ドイツ再統一による廃止
1989年のベルリンの壁崩壊をきっかけに、東西ドイツの統一への動きが加速しました。そして1990年10月3日、ドイツが正式に再統一されたことにより、東ドイツ特有の行政区画であるベツィルク制度は役割を終え、従来の州(Land)制度が復活しました。これに伴いベツィルク・ポツダムは解散し、その区域は復活したブランデンブルク州へと引き継がれました。
現在のポツダム
かつてベツィルク・ポツダムの中心都市であったポツダムは、現在、ブランデンブルク州の州都として発展しています。サンスーシ宮殿をはじめとする宮殿群と庭園群はユネスコ世界遺産にも登録されており、ベルリン近郊の観光地としても高い人気を誇ります。行政区画としての「ベツィルク・ポツダム」の歴史は終わりましたが、都市としてのポツダムは今もドイツ東部の重要な拠点であり続けています。