ヨーロッパの歴史

ドイツは第一次世界大戦の賠償金をいつ支払い終えたのか?その答えは2010年

第一次世界大戦におけるドイツの賠償金支払いが完全に終了したのは、実に2010年10月3日のことでした。大戦終結から約92年後であり、この日は偶然にもドイツ再統一からちょうど20周年にあたる記念日でした。

ベルサイユ条約と巨額の賠償義務

1919年に調印されたベルサイユ条約は、第一次世界大戦を正式に終結させると同時に、ドイツに対して連合国(フランス、イギリス、イタリアなど)への賠償金支払いを義務付けました。これは、戦争中にドイツがもたらした損害への補償という名目によるものです。1921年には賠償総額が金マルク1,320億と定められましたが、これは当時のドイツ経済にとって到底支払いきれる規模ではありませんでした。

支払い計画の見直しと中断

過大な負担はドイツ経済を圧迫し、1923年のハイパーインフレーションの一因ともなりました。そこで、1924年のドーズ案、1930年のヤング案と、支払い条件はたびたび見直されることになります。しかし、世界恐慌の影響により、1931年のフーヴァー・モラトリアム(支払い猶予)を経て、1932年のローザンヌ会議で事実上の支払い停止が決まりました。その後、アドルフ・ヒトラー率いるナチス政権の成立以降は、賠償金の支払いが行われることはありませんでした。

ロンドン債務協定(1953年)

第二次世界大戦後、西ドイツは1953年に「ドイツ国外債務に関するロンドン協定」に署名しました。この協定により、未払いのまま残っていた債務の一部は免除または大幅に減免されましたが、すべてが帳消しになったわけではありません。残りの一部については、ドイツ再統一後に支払いを再開することが取り決められていました。

完済へ——2010年10月3日

1990年のドイツ再統一を受けて支払いが再開され、2010年10月3日、最後の利子支払い(約7,000万ユーロ)が完了しました。こうして、第一次世界大戦に端を発する賠償債務は、ベルサイユ条約の調印から91年、大戦終結からは92年の歳月をかけて、ようやくすべて清算されたのです。

なお、この2010年の完済は第一次世界大戦に関連する債務に関するものであり、第二次世界大戦やホロコースト被害者への補償とは別の問題である点には留意が必要です。