ヨーロッパの歴史

米国はどのようにしてヨーロッパの紛争から距離を置こうとしたのか?孤立主義の歴史を解説

孤立主義

アメリカ合衆国には、建国当初から続く孤立主義の長い歴史があります。建国の父たちは、ヨーロッパの紛争に巻き込まれることを強く警戒していました。自国に直接関係のない戦争へ引きずり込まれることを恐れたのです。この姿勢は、イギリスからの独立を勝ち取るために戦われたアメリカ独立戦争の経験によって、さらに強固なものとなりました。

1823年に発表されたモンロー・ドクトリン(モンロー主義)は、アメリカの孤立主義をさらに明確に示したものです。この教書では、ヨーロッパ列強による南北アメリカ大陸へのさらなる植民地化や干渉を容認しない方針が打ち出されました。この政策は、1898年の米西戦争への介入を例外としながらも、アメリカをヨーロッパの紛争から遠ざける上で大きな成功を収めました。

中立政策

アメリカがヨーロッパの紛争を避けるために用いたもう一つの重要な手段が中立政策です。第一次世界大戦が勃発した1914年、アメリカは中立を宣言しました。その後、ドイツが無制限潜水艦作戦を開始したことを受けて、1917年になってようやく参戦しています。

第二次世界大戦においても、アメリカは1939年に中立を宣言しましたが、1941年の真珠湾攻撃を機に、この政策を放棄せざるを得なくなりました。

宥和政策

第二次世界大戦前の数年間、アメリカはドイツに対して宥和的な政策をとりました。これは、戦争を回避するためにドイツ側へ譲歩を重ねていくというものでした。しかし、ドイツはヨーロッパにおける領土と勢力の拡大を続け、結果としてこの政策は失敗に終わりました。

冷戦時代

第二次世界大戦後、アメリカとソビエト連邦は世界の二大大国として台頭しました。両国間の冷戦は約50年間にわたり、アメリカとソ連がそれぞれ対立する陣営を支援する一連の代理戦争や地域紛争によって特徴づけられました。

冷戦は1991年のソ連崩壊とともに終結しました。それ以来、アメリカは世界唯一の超大国として、国際社会において主要な役割を担い続けています。

変化するアメリカの政策

近年、アメリカ国内では、孤立主義的な政策を今後も続けるべきかどうかをめぐる議論が活発化しています。国内問題に集中し、海外の紛争には関与すべきではないと主張する声がある一方で、アメリカにはその力を行使して、世界中の民主主義と人権を促進する責任があるとする意見も存在します。

孤立主義は、アメリカを数多くのヨーロッパの紛争から守ることに成功してきた一方で、非現実的だという批判にもさらされてきました。現代のグローバル化した世界において、アメリカが他国から完全に孤立することは不可能です。世界各地に利益を抱える同国は、それらを守る覚悟と準備を常に持っておかなければならないのです。