1969年、人類初の月面着陸はニール・アームストロングとバズ・オルドリンによって成し遂げられました。しかし、宇宙開発競争の勝者がソ連だったら、その後の歴史はどう変わっていたのでしょうか。ここでは、ソ連が有人月面着陸を先行して達成した「もしも」の世界を、架空の年表形式で描いてみます。
1969年:現実の歴史の出発点
- 7月20日: ニール・アームストロングとバズ・オルドリンが、人類で初めて月面を歩く。
1970〜71年:無人探査で迫るソ連
- 2月24日: ソ連が無人・自動月面着陸ミッションのシリーズを開始。ルナ16号、ルナ18号、ルナ20号など、月の土壌を地球へ持ち帰る能力を持つ探査機を次々と送り込む。
- 7月26日: ソ連のルナ24号が月の岩石と土壌170グラム(約6オンス)を持ち帰り、サンプル採取量の記録を更新する。
1972〜73年:有人着陸競争の決着
- 12月14日: アメリカが最後の有人月ミッション「アポロ17号」の準備を進めるなか、ソ連は有人月面着陸への挑戦を相次いで実施する。
- 12月18日: 宇宙飛行士3名を乗せたソ連の宇宙船「ザーリャ1号」(「夜明け1号」)が月周回軌道への投入に成功する。
- 12月21日: ソ連の宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフ、ワレリー・クバソフ、ピョートル・クリムクが月面に着陸。ソ連の国旗を掲げ、複数の科学実験を実施する。
- 12月24日: アポロ17号がケネディ宇宙センターから打ち上げられる。
- 12月27日: アポロ17号がタウルス・リトロー渓谷付近への着陸に成功。ユージン・サーナンとハリソン・シュミットが、人類で11番目と12番目に月面を歩く者となる。
- 12月29日: アポロ17号が帰還の途につく一方、「ザーリャ1号」は引き続き月周回軌道に留まる。
- 12月31日: アポロ17号の乗組員が太平洋に着水し、任務を完了する。
1973〜77年:探索の継続とアメリカの停滞
- ソ連は無人・自動による月探査を継続し、土壌や岩石サンプルの採取、月面の地図作成、月の地質や組成の研究を着実に進める。
- 一方、アメリカが月へ戻ることは、20世紀中になかった。
2025年〜現在:対立から協力の時代へ
かつて熾烈な競争を繰り広げたアメリカとロシアは、今や月への再訪を目指す共同ミッションで協力関係を築いている。この計画には有人月面着陸と、月面基地の建設が含まれている。
冷戦期の宇宙開発競争が、やがて国際協力へと姿を変えたこの架空の歴史は、激しい競争こそが技術を加速させ、最終的には協力への道を開く可能性を秘めていることを示唆しています。