ヨーロッパの歴史

イギリス人はオランダ人に何を要求しましたか?航海法と英蘭戦争の背景

1651年・1660年の航海法とは

17世紀半ば、イギリス(イングランド)は重商主義政策の一環として「航海法(Navigation Acts)」を制定しました。これは、当時世界の海運貿易をほぼ支配していたオランダの勢力を抑え、自国の商船隊と植民地貿易を保護することを目的とした法律です。

イギリスがオランダに求めた2つの要求

航海法に基づき、イギリスはオランダに対して次のような厳しい要求を行いました。

  • 植民地への輸送禁止:オランダ船がヨーロッパからイギリス領アメリカ植民地へ商品を運搬することを禁じました。
  • 関税の支払い:オランダがイングランドへ輸入するすべての商品に対して関税を支払うことを求めました。

オランダの拒否とイギリスの報復

これらの要求は、海上貿易大国として繁栄していたオランダにとって受け入れがたいものであり、オランダはこれに従うことを拒否しました。これに対しイギリスは報復措置として、カリブ海やアフリカ沿岸におけるオランダの船舶や植民地への攻撃に踏み切りました。

英蘭戦争(1652年〜1674年)

こうして始まったイギリスとオランダの対立は、「英蘭戦争(Anglo-Dutch Wars)」として知られる一連の戦争へと発展しました。戦争は1652年に勃発し、断続的に1674年まで続き、両国が海上覇権をめぐって争った歴史的な紛争として記録されています。