1763年に締結されたパリ条約は、北アメリカの植民地をめぐって争われた七年戦争(北米では「フレンチ・インディアン戦争」)に敗れたフランスに対し、広大な領土の放棄を求めるものでした。この条約によって、フランスが手放すことを余儀なくされた主な領土は以下の3つです。
フランスが放棄した主な領土
1. カナダを含む北米大陸のすべての領有地
ヌーベルフランスの中核であったカナダをはじめ、フランスが北米大陸に保有していたすべての領土がイギリスに割譲されました。これにより、北米大陸におけるフランスによる支配は事実上終わりを迎えました。
2. ミシシッピ川以東のすべての領土
ミシシッピ川より東側に位置するフランス領の全域もイギリスへ譲渡されました。五大湖周辺やオハイオ渓谷といった、当時フランスとの勢力争いの焦点となっていた地域が含まれます。
3. ニューオーリンズとミシシッピ川以西のルイジアナ領土
ニューオーリンズ市およびミシシッピ川以西のルイジアナ領土(オルレアン島を除く)は、同盟国であったスペインに譲られました。これは、イギリスにフロリダを奪われたスペインへの補償という形を取ったものです。
条約の歴史的意義
パリ条約により、北アメリカの勢力図は大きく塗り替えられました。イギリスが北米東部の覇権を確立する一方、フランスが保持できたのはサンピエール・ミクロン諸島やニューファンドランド沖の漁業権など、ごく限られた権利のみでした。
しかし、新たにイギリスの支配下に入った領土では重税や統治政策への不満が高まり、やがてアメリカ独立戦争の火種となりました。また、後にルイジアナ買収(1803年)を通じてアメリカ合衆国の手に渡った西部の土地は、同国の西進拡大の出発点ともなりました。この意味で、パリ条約は北アメリカ史における重大な転換点といえます。