ナポレオン運命の決戦——ワーテルローの戦い
ナポレオン・ボナパルトがついに敗北を喫したのは、1815年6月18日に行われたワーテルローの戦い(Battle of Waterloo)です。この戦いは、現在のベルギー領内にあるワーテルロー近郊で行われ、ナポレオンの政治的・軍事的キャリアに決定的な終止符を打った歴史的な決戦として知られています。
連合軍を率いた二人の名将
この戦いでナポレオンと対峙したのは、以下の二人の指揮官が率いる連合軍でした。
初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー——イギリス軍を率いた総司令官。優れた防御戦術で知られ、後にはイギリス首相も務めた人物です。
ゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヒャー——プロイセン軍を指揮した老将。頑強な精神力から「前進元帥(マルシャル・フォルヴェルツ)」の異名を持っていました。
戦いの経緯と結果
エルバ島からの脱走後に権力を奪還したナポレオン(百日天下)は、連合国軍が包囲網を完成させる前に各個撃破を狙いました。しかし、リニーの戦いでプロイセン軍を撃退しながらも完全に打ち破ることはできず、決戦の日、ブリュッヒャー率いるプロイセン軍が夕刻に戦場へ到着してウェリントン軍を救援。二正面から攻撃を受けたフランス軍は総崩れとなり、ナポレオンは無条件降伏へ追い込まれました。
歴史への影響
ワーテルローの戦いの敗北により、ナポレオンは再び帝位を退き、南大西洋の孤島セントヘレナ島へ流刑に送られました。この戦いはナポレオン戦争の事実上の終結を意味し、以後ヨーロッパはウィーン体制のもとで比較的安定した時代を迎えることになります。「ワーテルロー」という言葉は、今日でも「決定的な敗北」を表す代名詞として世界中で使われています。