ヨーロッパの歴史

フェリペ2世はイングランド侵攻を計画していたのか?「無敵艦隊」の作戦とその結末

スペイン王フェリペ2世は、確かにイングランドへの侵攻を計画していました。ただし、彼は「王子」ではなく国王であり、この大規模な遠征計画を実行したのは他ならぬフェリペ2世自身です。父カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)の時代の出来事と混同されることもありますが、歴史上有名な「無敵艦隊(アルマダ)」によるイングランド侵攻計画は、1588年にフェリペ2世が主導したものです。

なぜフェリペ2世はイングランド侵攻を目指したのか

16世紀後半、スペインとイングランドの関係は急速に悪化していました。カトリックの守護者を自任するフェリペ2世にとって、プロテスタントのエリザベス1世が統治するイングランドは宗教的にも政治的にも大きな障害でした。さらに、フランシス・ドレークらイングランド私掠船によるスペイン船や植民地への略奪、そして1587年のスコットランド女王メアリーの処刑が、両国の対立に決定的な亀裂をもたらします。

無敵艦隊(アルマダ)の作戦内容

フェリペ2世の戦略の中核は、圧倒的な海軍力、すなわち「無敵艦隊(スペイン・アルマダ)」の運用にありました。計画の流れは以下の通りです。
まず大艦隊が英仏海峡(イギリス海峡)を北上し、途中でイングランド海軍を撃破または無力化します。その後、ネーデルラント(現在のベルギー・オランダ一帯)に駐留するパルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼ率いる精鋭部隊と合流し、これを輸送船団でイングランド本土へ上陸させる――というのが全体像でした。

計画はなぜ失敗したのか

しかし、この壮大な構想は現実とはなりませんでした。1588年、カレー沖でイングランド軍の火船攻撃を受けた艦隊は陣形を崩し、続くグラヴリンヌの海戦で決定的な打撃を被ります。さらに帰還の途上では、北海やアイルランド周辺の暴風雨によって多くの艦船が失われ、無敵艦隊は壊滅的な損害を負いました。

この結果、スペインの海上覇権には翳りが見え始め、一方のイングランドは独立とプロテスタント体制を守り抜くことに成功します。フェリペ2世のイングランド侵攻計画は、ヨーロッパの歴史を大きく左右した未遂の遠征として、今日でも語り継がれているのです。