アレクサンダー大王はマケドニア人に殺されたのか?
結論から言えば、アレクサンダー大王がマケドニア人に殺されたという史実はありません。この誤解はよく見られますが、大王の死は他殺として確定したものではなく、その死因は今日まで明らかになっていないのです。
紀元前323年、バビロンでの最期
アレクサンダー大王は紀元前323年、メソポタミアの都市バビロンにおいて、わずか32歳という若さでこの世を去りました。当時、彼はインド遠征からの帰還後、さらなる征服計画を進めている最中であり、その急死は古代世界に大きな衝撃を与えました。
死因をめぐる二つの有力な説
大王の死因については、主に次の二つの説が語り継がれています。
1. 病気による自然死説
長年の遠征による疲労の蓄積や、負傷の悪化、そして腸チフスやマラリアといった感染症が原因だったとする説です。激しい酒宴の後、高熱に苦しみながら数日間容態が悪化し、死亡したと記録されています。
2. 毒殺説
一部の歴史家は、配下の将軍たちによる毒殺を疑っています。ヘファイスティオンの死後の異常な振る舞いや、死後遗体が腐敗せずに残ったとされる記述などが、毒殺説の根拠として挙げられることがあります。
現代にも残る歴史の謎
残念ながら、当時の信頼できる医学的記録が存在しないため、アレクサンダー大王の正確な死因を特定することは困難です。彼の遺体の埋葬地であると伝えられるアレクサンドリアの墓も未発見であり、検証の手段が限られていることも一因です。大王の死の真相は、2300年以上経った今もなお、歴史上最大の謎の一つとして語り継がれているのです。