ヨーロッパの歴史

ドイツが初めて電撃戦を実施したのはどこ?ポーランド侵攻の真相

「電撃戦」はドイツ語でブリッツクリーク(Blitzkrieg)と呼ばれ、「稲妻(ブリッツ)」と「戦争(クリーク)」を組み合わせた造語です。この戦術が初めて本格的に実践されたのは、1939年9月1日に開始されたドイツによるポーランド侵攻でした。

電撃戦とはどのような戦術か

電撃戦は、戦車や装甲車両からなる機械化部隊、航空機、歩兵を密接に連携させ、敵の防衛線の一点に圧倒的な火力と機動力で突き破り、そのまま深く侵入して敵の指揮系統や補給線を崩壊させる戦術です。第一次世界大戦で見られたような長期にわたる塹壕戦・消耗戦とは対照的に、短期間で決定的な勝利を収めることを目的としていました。

ポーランド侵攻の経過

1939年9月1日早朝、ドイツ国防軍は国境を越えてポーランドへ侵攻しました。空軍ルフトヴァッフェがポーランドの都市、鉄道網、飛行場への爆撃を行い、地上では装甲師団が急速に前進しました。さらに9月17日にはソ連が東側から侵攻したため、ポーランドは東西から挟撃される形となり、首都ワルシャワは同年9月27日に陥落しました。

歴史的意義

このポーランド侵攻は第二次世界大戦の発端となった出来事であると同時に、電撃戦という全く新しい戦争様式の誕生を世界に示す契機となりました。その後、ドイツは1940年のデンマーク・ノルウェー侵攻やフランス侵攻においても電撃戦を成功させ、わずか数週間でヨーロッパの広範な地域を制圧することとなります。