ドイツとオーストリアの統一(アンシュルス)を強く阻止したのは、隣国フランスでした。両国が合わされば、中欧に巨大なドイツ語圏国家が誕生し、ヨーロッパ全体の力関係が大きく塗り替えられてしまうためです。
フランスが統一に反対した理由
フランスにとって最大の懸念は、ドイツとオーストリアが統一することでドイツの勢力が急拡大することでした。普仏戦争(1870〜1871年)でアルザス=ロレーヌを失って以来、フランスはドイツの膨張に対して常に強い警戒心を抱いてきました。人口・経済力・軍事力を兼ね備えた「大ドイツ」の出現は、フランスの安全保障にとって看過できない脅威だったのです。
第一次世界大戦前夜の緊張
こうしたフランスの反対姿勢は、ヨーロッパ各国の同盟関係や外交政策にも影響を及ぼし、国際情勢を一段と緊張させました。汎ゲルマン主義(パンゲルマニズム)の高まりを警戒したフランスは、ロシアとの露仏同盟などを通じてドイツを牽制し、この対立構造が第一次世界大戦勃発の一因となったと考えられています。
戦後条約で明文化された「統一禁止」
第一次世界大戦後、フランスの主張は講和条約に色濃く反映されました。ヴェルサイユ条約(1919年)の第80条は、ドイツに対してオーストリアの独立を尊重し、両国の合併を行わないことを義務付けました。同時に、オーストリア側のサン=ジェルマン条約においても、国際連盟の同意なしにドイツと統一することが禁じられました。
その後もアンシュルスを求める動きは完全には消えず、最終的には1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合という形で統一が実現します。しかしそれまでの約20年間、フランスの強硬な反対と国際的な枠組みによって、両国の統一は阻止され続けたのです。
まとめ
ドイツとオーストリアの統一を阻止したのはフランスであり、その背景には「統一によるドイツの大国化」という強い危機感がありました。この反対はヨーロッパの外交構図に大きな影響を与え、第一次世界大戦の遠因の一つともなりました。さらに戦後には条約として統一禁止が明文化され、フランスの意向が国際秩序の中に刻まれることになったのです。