一見すると別々の時代の英雄?
アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンと、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト。「建国の父」と「革命の覇者」というまったく異なる舞台で活躍した二人ですが、実は同時代人だったことをご存じでしょうか。
結論から言えば、二人の人生は約30年間も重なっており、年代だけを見れば「話すことは十分に可能」でした。ただし、実際に直接対面することは一度もありませんでした。ここでは、二人の関係性を詳しく見ていきます。
生没年から見る二人の人生
まず、それぞれの生没年を確認してみましょう。
- ジョージ・ワシントン:1732年2月22日〜1799年12月14日(67歳没)
- ナポレオン・ボナパルト:1769年8月15日〜1821年5月5日(51歳没)
このように、ナポレオンが生まれてからワシントンが亡くなるまでの30年間、二人は同じ時代を生きていました。ワシントンが亡くなった1799年、ナポレオンはすでに30歳で、翌年には第一執政としてフランスの権力を握ろうとしているほどでした。
実際に交流はあったのか?
若きナポレオンがワシントンに宛てた手紙
興味深いことに、両者の間には直接的な接点となりうる逸話が残っています。1783年頃、まだ無名の士官候補生だった十代のナポレオンは、アメリカ独立戦争で戦う大陸軍への入隊を志願する手紙をワシントン宛てにしたためたとされています。
この手紙の真偽については諸説ありますが、後の皇帝が若き日に大洋の向こうの英雄に憧れを抱いていたことを示す、非常に興味深いエピソードです。ただし、この手紙に対してワシントンが返信したという記録は残っていません。
直接対面することはなかった
とはいえ、二人が実際に顔を合わせて会話を交わしたことはありません。ワシントンが大統領を務めていた頃、ナポレオンはまだフランス軍の若い将校にすぎず、ヨーロッパで頭角を現すのはワシントンが引退した後のことだったからです。大西洋を隔てた距離も、直接の出会いを妨げる大きな要因となりました。
ナポレオンが悼んだワシントンの死
1799年12月、ワシントンの訃報はフランスにも届きました。当時ブリュメールのクーデター直前で権力への道を歩み始めていたナポレオンは、これを受けてフランス国内で10日間の服喪を命じ、自らも追悼の言葉を捧げてワシントンを「偉大な人物」と讃えたと伝えられています。
終身の権力を握ろうとしたナポレオンと対照的に、自ら権力を手放したワシントン。その死をナポレオンがどう受け止めたのかは、二人の人柄を考える上でも示唆的です。
まとめ
ジョージ・ワシントンとナポレオンは、30年間という歳月を共有する同時代人でした。年代的には会話が成立しえた二人ですが、実際に直接対面することはありませんでした。それでも、若きナポレオンがワシントン宛てに書いたとされる手紙や、その死を悼むフランスの服喪といった形で、二人の歴史はかすかに交差しているのです。