ヨーロッパの歴史

マルコ・ポーロを宮廷に迎えた中国皇帝は誰?答えは元王朝のフビライ・ハン

マルコ・ポーロを迎えた皇帝は「フビライ・ハン」

マルコ・ポーロを宮廷に迎えた中国の皇帝は、元王朝を建国したフビライ・ハン(忽必烈)です。フビライ・ハンはモンゴル帝国の第5代皇帝であり、1271年に国号を「大元」と定め、中国全土を統治した初の非漢民族出身の皇帝として歴史に名を刻んでいます。

マルコ・ポーロとの運命の出会い

ヴェネツィア出身の商人マルコ・ポーロは、父ニコロと叔父マッフェオに同行してシルクロードを東へ旅し、1275年頃、現在の内モンゴルにある上都(シャンドゥ)でフビライ・ハンと謁見したと伝えられています。当時のマルコはまだ17歳前後の若者でした。

フビライ・ハンから受けた厚い信頼

フビライ・ハンは聡明で語学力に優れたマルコ・ポーロを大変気に入り、約17年間にわたり宮廷に仕えさせました。マルコは皇帝の使節として中国各地や東南アジアへ派遣され、当地の風土や文化を詳細に観察する貴重な機会を得たといわれています。

『東方見聞録』の誕生

1290年代に故郷ヴェネツィアへ帰還したマルコ・ポーロは、ジェノバとの戦争で捕虜となった際、獄中で同室だった作家ルスティケロ・ダ・ピサに自らの体験を語りました。これが後に『東方見聞録』(原題:世界の記述)としてまとめられます。

この書物は、ヨーロッパの人々に東アジアの豊かさと高度な文明を伝え、大航海時代の幕開けを促す一因となり、コロンブスの航海計画にも影響を与えたとされています。

まとめ

マルコ・ポーロを宮廷に迎えたのは、元王朝の初代皇帝フビライ・ハンです。この東西の出会いから生まれた『東方見聞録』は、東西交流の歴史において最も重要な文献の一つとして、今日まで読み継がれています。