はい、フランス国民は投票でナポレオンを皇帝に選びました
結論から言えば、はい。1804年、フランス国民は国民投票(プレビシット)によって、ナポレオン・ボナパルトを「フランス人の皇帝」とすることを承認しました。
圧倒的な支持率——99%超の賛成票
この国民投票は、第一統領ナポレオンが世襲の皇帝位に就くことを認める憲法改正案の是非を問うものでした。その結果は圧倒的で、投じられた票の99%以上が皇帝即位に賛成しました。具体的には約357万票の賛成に対し、反対はわずか数千票程度だったと記録されています。
1804年12月2日、ノートルダムでの戴冠式へ
国民投票の承認を受け、ナポレオンは1804年12月2日、パリのノートルダム大聖堂で正式に戴冠しました。この式典では、ローマ教皇ピウス7世が臨席しましたが、ナポレオンは教皇の手を借りず、自らの手で帝冠を頭に載せたことで知られています。これは「自分の権威は自らの実力と国民の意思によるものだ」というメッセージだったと解釈されています。
一方で知っておきたい「投票の実態」
ただし、この結果を単純に「民意の勝利」と受け取ることには注意が必要です。当時の国民投票には以下のような問題点がありました。
- 秘密投票ではなかった:賛否は公然と記録され、権力への恐怖から反対票を投じにくい雰囲気があった
- 棄権の扱い:多くの場合、無回答や棄権は事実上の賛成として集計された
- 軍隊や役人の管理下での投票:地方では行政当局の影響が強く、自由な議論の場は限られていた
こうした背景から、歴史学者の中には「数字通りに99%の民衆が熱狂的に支持したとは言い切れない」と指摘する者もいます。それでも、ナポレオンが革命後の混乱を収拾し、秩序と安定をもたらした英雄として広く支持されていたことは事実です。
まとめ
1804年の国民投票で、フランス国民は名目上、圧倒的多数でナポレオンの皇帝即位を承認しました。結果自体は99%超の賛成という圧倒的なものですが、投票方法の透明性には疑問も残ります。それでもこの出来事は、フランス革命で打ち倒されたはずの王政が、国民投票という新しい形の正当性を通じて復活した、歴史の転換点として位置づけられています。