1985年に調印された英愛協定(アングロ・アイリッシュ・アグリーメント)に対し、北アイルランドのユニオニスト(英国との連合維持を支持する人々)が強く反発した理由は複数あります。ここでは、彼らがこの協定を「自分たちの利益に対する裏切り」と受け止めた背景を整理します。
1. 英国と北アイルランドの連合を損なうものとみなされた
協定は、北アイルランドにおけるアイルランド共和国の利害関与を正式に認める内容でした。ユニオニストにとってこれは、最終的な南北統一アイルランドへの一歩であり、彼らが最も恐れる「連合の解体」につながりかねない重大な懸念材料でした。
2. アイルランド共和国に北アイルランド統治への発言権が与えられた
協定では、英国とアイルランド共和国双方の代表からなる政府間協議会(英愛政府間会議)が設けられ、相互に関心のある事項について協議することが定められました。ユニオニストは、これによりアイルランド共和国が北アイルランドの内政に過度の影響力を持つようになると感じました。自らの故郷の将来がダブリンの意向にも左右されることは、到底受け入れられるものではありませんでした。
3. ユニオニスト・コミュニティの立場が弱まった
協定に伴う流れの中で、準軍事組織の収監者の釈放や抑留(インターンメント)制度の終了などが進められ、ユニオニストはこれをIRA(アイルランド共和軍)への譲歩だと受け止めました。さらに、北アイルランドにおけるプロテスタント住民への差別という、ユニオニスト自身の長年の懸念については十分に取り上げられていないとも感じていました。
まとめ:抗議運動へと発展した反発
こうした要因が重なり、ユニオニストたちは英愛協定に断固として反対するようになりました。実際、協定調印後には「アルスターはノーと言う(Ulster Says No)」をスローガンとした大規模な抗議運動が展開され、ベルファストでは数十万人規模のデモが行われるなど、北アイルランド政治に深い亀裂をもたらしました。彼らにとってこの協定は、交渉の場から排除されたうえで、自らのアイデンティティと政治的立場を脅かされる「裏切り」以外の何ものでもなかったのです。