オリバー・クロムウェルは王位に就いたのか?
結論から言えば、オリバー・クロムウェル(1599年〜1658年)がイングランド王になることはありませんでした。しかし彼は、事実上イングランドの最高権力者として国家を支配した人物です。
護国卿としての統治
1653年から1658年に亡くなるまで、クロムウェルは「イングランド・スコットランド・アイルランド連邦」の護国卿(Lord Protector)という称号のもとで国家を統治しました。これは王とは異なる地位でしたが、その権限は君主に匹敵するほど強大なものであり、彼は名目上の共和制国家の実質的な指導者として君臨したのです。
王にならなかった背景
クロムウェルは清教徒革命(イングランド内戦)において議会派を率い、1649年に国王チャールズ1世の処刑を実現させ、王政そのものを廃止した中心人物でした。
興味深いことに、1657年には議会から実際に王位への就任を打診された記録がありますが、クロムウェルはこれを辞退しています。「王を倒すために戦った男が自ら王になる」という矛盾を受け入れられなかったためと考えられています。
死後のイングランド
クロムウェルの死後、息子のリチャード・クロムウェルが後継者となりましたが、政治力に欠け、わずか数ヶ月で退任に追い込まれました。1660年には王政復古が実現し、亡命先から帰国したチャールズ2世が即位することになります。
つまりクロムウェルは「王ではなかった」ものの、イギリス史上まれに見る強力な実権を握り、一時代を築いた指導者だったと言えるでしょう。