ヨーロッパの歴史

ニキータ・フルシチョフがソ連共産党第一書記になったのはいつ?

「ロシア第一書記」という役職は存在しない

ニキータ・フルシチョフが「ロシア第一書記」に就任したことはありません。そもそも、そのような正式な役職は存在せず、フルシチョフが就任したのはソビエト連邦共産党(ソ連共産党)の第一書記というポストです。

1953年:ソ連共産党第一書記への就任

1953年3月のヨシフ・スターリンの死後、ソ連では激しい権力闘争が繰り広げられました。その結果、同年9月、フルシチョフはソ連共産党中央委員会第一書記に選出され、党内における最高指導者の地位を確立しました。

1958年:閣僚会議議長(首相)への就任

さらに1958年3月には、閣僚会議議長(事実上の首相に相当する職)にも就任し、党と政府の両方の権力を一手に握ることになりました。この時期からフルシチョフ体制が本格的に始動し、スターリン批判や平和共存路線など、内外で大きな政策転換が進められました。

1964年の失脚まで在任

フルシチョフは1964年10月までこれらの要職を務めましたが、党内の反発を受ける形で失脚し、第一書記および閣僚会議議長の双方を辞任しました。後任にはレオニード・ブレジネフが第一書記(後に書記長と改称)として就任しています。