ヨーロッパの歴史

1918年11月11日、第一次世界大戦の休戦協定に調印したドイツの指導者は誰か?

1918年11月11日、第一次世界大戦を終結させる休戦協定にドイツ側の代表として調印したのは、政治家マティアス・エルツベルガー(Matthias Erzberger)です。彼はドイツ使節団の団長として、連合国との休戦交渉の最前線に立った人物でした。

マティアス・エルツベルガーとは何者か

エルツベルガーは1875年生まれのドイツの政治家で、カトリック系中道政党「中央党(Zentrum)」に所属していました。帝国議会で影響力を持つ議員として頭角を現し、戦争末期には和平実現のための中心的な役割を担うことになります。

コンピエーニュの森での歴史的な調印

1918年11月上旬、エルツベルガーはドイツ使節団を率いてフランス北部のコンピエーニュの森へ向かい、連合国軍総司令官フェルディナン・フォッシュ元帥との休戦交渉に臨みました。連合国側から提示された条件はドイツにとって非常に厳しいものでしたが、一部の修正交渉を経て、11月11日午前5時頃(パリ時間)に休戦協定への調印が行われました。

協定は同日午前11時に発効し、西部戦線で4年以上にわたり続いた凄惨な戦闘はついに終わりを迎えました。この出来事は後に「11月11日の11時」として記憶され、現在でも多くの国で追悼の日となっています。

「11月の罪人」と呼ばれた男の悲劇的な最期

休戦協定の調印者として、エルツベルガーは国内の右派勢力から「裏切り者」「11月の罪人」と激しく非難されました。ヴァイマル共和政成立後には副首相や財務大臣を歴任するなど要職を務めましたが、1921年8月26日、バーデン地方で右翼テロ組織のメンバーによって暗殺されてしまいました。

エルツベルガーの生涯は、敗戦後のドイツ社会が抱えた対立と混乱を象徴するものとして、今日の歴史研究においても重要な意味を持っています。