メイフラワー号の到着地に関するよくある誤解
「メイフラワー号がニューヨーク州サウサンプトンに到着した」という説は誤りです。メイフラワー号はニューヨーク州には到着しておらず、その航路も目的地もまったく異なります。ここでは、メイフラワー号の実際の出発日と到着日、そして航海の背景について詳しく解説します。
出発と到着の正確な日付
メイフラワー号は1620年9月16日(当時イングランドで用いられていたユリウス暦では9月6日)に、イングランド南西部の港町プリマスを出発しました。乗船していたのは、宗教的自由を求めて新大陸へ渡ろうとしたピルグリム・ファーザーズをはじめとする約100名の乗客と乗員です。
そして約2か月に及ぶ過酷な大西洋横断の末、メイフラワー号は1620年11月21日(ユリウス暦では11月11日)に、北米マサチューセッツ州のケープコッドに到着しました。
なぜプリマス植民地と呼ばれるのか
当初、乗客たちはバージニア植民地への入植を計画していましたが、航行中の悪天候や航路のずれにより、予定地よりもはるかに北のケープコッド付近にたどり着きました。最終的に彼らはケープコッド湾を探索し、対岸の土地を「プリマス」と名付け、そこに入植地を建設しました。これが後のプリマス植民地であり、ニューイングランド地方におけるイギリス人入植の始まりとなりました。
メイフラワー契約の締結
到着後すぐに入植を開始する前に、乗客たちは船上でメイフラワー契約(Mayflower Compact)と呼ばれる協定を結びました。これは、植民地において公正な法律を制定し、それに従うことを全員が約束したもので、北米における自治政府の理念を示した重要な文書として知られています。
まとめ
メイフラワー号は、1620年9月16日にイングランドのプリマスを出発し、同年11月21日にマサチューセッツ州ケープコッドに到着しました。ニューヨーク州サウサンプトンとは無関係であり、この航海はアメリカ建国史における最も重要な出来事の一つとして記憶されています。