ブレスト・リトフスク条約は、第一次世界大戦中の1918年3月3日に、ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国(ロシアSFSR)とドイツ帝国などを中心とする同盟国(中央同盟国)との間で締結された講和条約です。ロシア革命後に成立したボリシェヴィキ政権が、戦争からの離脱を目指して結んだこの条約は、ロシアに甚大な領土的・経済的損失をもたらしました。
ブレスト・リトフスク条約の主な内容
1. ロシアと中央同盟国の戦争状態の終結
この条約により、ロシアと中央同盟国(ドイツ、オーストリア=ハンガリー、オスマン帝国、ブルガリア)との間の戦争状態が正式に終了しました。これにより、ロシアは第一次世界大戦から事実上離脱することとなりました。
2. ロシア軍の撤退
ロシアはウクライナ、ベラルーシ、リヴォニア(現在のラトビアおよびエストニア南部)、エストニア、フィンランドから軍隊を撤退させることを義務付けられました。これらの広大な西部領土からの勢力後退は、ロシアにとって大きな打撃となりました。
3. ウクライナとフィンランドの独立承認
ロシアはウクライナおよびフィンランドの独立を正式に承認しました。長年ロシア帝国の支配下にあった両地域が国家としての地位を得ることになったのは、歴史的に重要な転換点でした。
4. オスマン帝国への領土割譲
カリス(カルス)、アルダハン、バトゥムの3つの地域がオスマン帝国へ割譲されました。これにより、ロシアはコーカサス地方における重要な拠点を失うことになりました。
5. 多額の賠償金の支払い
ロシアは中央同盟国に対して30億マルクの賠償金を支払うことが定められました。革命直後で経済が疲弊していたロシアにとって、これはさらに重い負担となりました。
条約のその後
なお、ブレスト・リトフスク条約は長く続かず、1918年11月にドイツが降伏して第一次世界大戦が終結すると、この条約は無効となりました。ロシアは失った領土の多くを取り戻すことになりますが、ウクライナやフィンランドなど一部の地域では独立の動きが定着し、その後の歴史に大きな影響を与えました。