アメリカ独立戦争後、最初の統治枠組みとなった「連合規約」は、連邦政府(中央政府)に対して常備軍を創設・維持する権限を与えていませんでした。そのため、国防の実務的な責任は各州が負うことになり、州ごとに民兵(ミリシア)を組織することが求められました。
連邦政府に軍隊を編成する権限がなかった
連合規約の下では、連邦議会には宣戦布告や外交交渉を行う権限がありましたが、実際に兵士を募集して常備軍を編成する権限はありませんでした。戦争が必要になった場合でも、連邦議会は各州に対して兵力の提供を「要請」できるだけで、強制的に動員することはできなかったのです。
各州が民兵を担う仕組み
代わりに、各州は自ら民兵を組織・訓練する責任を負いました。民兵は平時には州の防衛や治安維持を担当し、緊急時には州の指揮下で動員されるという、きわめて分権的な国防体制が取られていました。
背景にあった「常備軍への不信」
このような制度設計には明確な歴史的背景があります。植民地時代、イギリス本国は常備軍を北米に駐留させ、住民の自由を脅かす存在として多くの入植者に恐れられていました。建国の父たちは「常備軍は自由への脅威である」という考えを広く共有しており、新しく生まれた国家においても強大な中央軍を持つことに強い警戒心を抱いていたのです。
弱点が露呈し、合衆国憲法制定へ
しかしこの体制には重大な欠陥がありました。1786年から翌年にかけて起きたシェイズの反乱では、連邦政府は自らの軍事力で対応できず、州の協力に頼らざるを得ませんでした。こうした経験を通じて、中央政府が独自に軍隊を保有することの必要性が認識されるようになり、1787年の制憲会議で成立した合衆国憲法は、連邦議会に陸海会に陸海軍の編成・維持の権限を明確に付与することとなりました。